ロコモ、フレイル、サルコペニアで使われる漢方薬は
補剤を軸にした漢方薬治療で症状が改善するケースも
日本病院薬剤師会関東ブロック 第48回学術大会で那須赤十字病院整形外科の吉田祐文先生は、フレイルからサルコペニア、さらにロコモティブシンドロームに至るまでの範囲が漢方薬を用いた治療の守備範囲であり、そのうえでロコモティブシンドロームの治療に関しては従来の整形外科的な治療に加え、補剤を軸にした漢方薬治療で症状が改善するケースも少なくない、と発表しました。
一般的にロコモティブシンドローム(運動器症候群)は、骨・関節・筋肉・神経などの運動器の障害のために移動機能が低下した状態を、フレイルは、高齢によるストレスへの脆弱性・虚弱性があるものの対策次第では生活機能の維持向上が可能な状態を、サルコペニアは、フレイルからから筋肉量の減少によって運動量が低下した状態を指します。
吉田先生はロコモティブシンドロームで骨粗しょう症、変形性関節症、変形性脊椎症などの代表的な基礎疾患がある場合は、薬物治療、外科的治療、運動療法の推奨をするものの、フレイルやサルコペニアについては「整形外科の西洋医学的な立場からでは、現時点で有効な治療があるとは考え難い」との見解を示しました。吉田先生は、フレイルそのものが新しい概念のため、漢方薬を用いた治療経験が蓄積されていないことを前置きしたうえで、「フレイルで定義されている心身の脆弱や虚弱については、漢方の虚証と読み替えることができる。漢方薬の世界ではこうした病態そのものに関する治療経験は非常に豊富である」と強調しました。虚証について、吉田先生は、気・血・水が減少・消耗した結果、生体のバランスが乱れて体調不良や疾患に至っている状態であると説明。気虚、血虚、脾虚、腎虚などの虚証の個別病態が認められる場合は、フレイル、サルコペニア、ロコモティブシンドロームでの漢方薬治療も可能であるとの考えを示しました。
西洋薬と漢方薬を組み合わせて、腰痛やしびれを改善
吉田先生はさらに、腰痛、しびれ、間欠性跛行(歩くと痛みやしびれを感じて歩けなくなり少し休むとまた歩けるという状態)の症状を訴えた70歳代の男性の事例を紹介しました。変形性脊椎症、腰部脊柱管狭窄症による腰痛、下肢しびれ、馬尾性間欠性跛行と診断し、痛み止めに加え、コルセットと杖の併用を実施。腰痛、しびれ、間欠性跛行は軽度の改善を認めました。加えて、気虚に使う補中益気湯(ほちゅうえっきとう)を処方しました。その結果、3か月後には腰痛は気にならないほどまで改善、下肢しびれは軽度の改善だったものの歩行距離が延長しました。
補中益気湯は人参(にんじん)、蒼朮(そうじゅつ)、黄耆(おうぎ)、当帰(とうき)、陳皮(ちんぴ)、大棗(たいそう)、柴胡(さいこ)、甘草(かんぞう)、生姜(しょうきょう)、升麻(しょうま)で構成されており、通常、消化機能が衰え、四肢倦怠感が著しい虚弱体質者での夏やせ、病後の体力増強、食欲不振、胃下垂、かぜ、痔、脱肛、子宮下垂、陰萎、多汗症の治療に用いられます。
吉田先生は「痛みに対する記載はないが、気虚と痛みがある場合ならば補中益気湯で痛みが改善することがある。同じようにフレイルやサルコペニアについても虚証があれば『虚を補う』という観点で漢方薬の補剤を使用した治療をすればよい」と提案しました。
そのほか、整形外科が取り扱う慢性の痛みに関しても、その病態のひとつには漢方医学的な虚証があるため、とりわけ難治性の慢性的な痛みの場合は「痛みに適応がある西洋薬や漢方薬のみでは症状が改善しないことは少なくない。この場合は補剤を使用しなければ改善が困難」との認識を述べました。そのうえで、これまでの経験から慢性の痛みに関しては、補中益気湯、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)、人参養栄湯(にんじんようえいとう)、四物湯(しもつとう)、痛みの適応の記載がある牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)、八味地黄丸(はちみじおうがん)を用いることが多いと話しました。フレイルについては、人参養栄湯の適応症と病態が類似しており、現在、吉田先生も含む医師らで臨床研究が行われていることを明らかにし、今後その成績が蓄積し、公表されることに期待を示しました。(村上和巳)