ビッグデータ分析で分かった漢方薬の実力(前)慢性硬膜下血腫に対する五苓散の効果
五苓散の使用で、入院医療費が削減された可能性
近年、人工知能(AI)や情報通信技術(ICT)の進展とともに、大規模診療情報データベースを用いたビッグデータ分析が盛んにおこなわれつつあります。その中には近年の医療費増加に鑑みて、薬価の安い漢方薬のコスト・パフォーマンスを計測しようとする研究もあります。
先ごろ開催された第35回和漢医薬学会学術大会で、漢方薬のビッグデータ分析の一例として、東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻臨床疫学・経済学教授の康永秀雄先生が慢性硬膜下血腫で穿頭血腫洗浄術を受けた患者で利水作用を有する漢方薬・五苓散(ごれいさん)の使用、妊娠中のつわりに対する漢方薬使用(くわしくはこちら)が、医療費削減効果や、西洋薬と同等以上の臨床効果があることを発表しました。
慢性硬膜下血腫は、頭部を打撲した時などに頭蓋骨の内側で、脳を包む硬膜と脳表面との間に血液(血腫)が溜まり、これが脳を圧迫することで頭痛や吐き気、体の片側の麻痺やしびれ、認知機能の低下などを起こす病気です。重症でない場合は頭蓋骨に1.5cm程度の小さな穴をあけ、そこから血腫を洗い流す穿頭血腫洗浄術を行いますが、この治療を受けた患者さんでは約1割が再発します。
医療現場では再発防止を目的に沢瀉(たくしゃ)、猪苓(ちょれい)、蒼朮(そうじゅつ)、茯苓(ぶくりょう)、桂皮(けいひ)の5種類の生薬で構成される五苓散が、一部で経験的に使用されてきました。五苓散は一般的に口や喉の渇きや尿量が減少する人でのむくみ、二日酔、下痢、悪心、嘔吐、めまい、頭痛の治療に使用されます。ただ、これまで慢性硬膜下血腫での穿頭血腫洗浄術後の再発予防の有効性を示す大規模な臨床試験はほとんどありませんでした。
そこで康永先生は、包括医療費支払い制度方式(DPC)を採用する国内約1,000医療機関の入院患者データベースから2010年7月~2013年3月に慢性硬膜下血腫で穿頭血腫洗浄術を受けた患者3万6,020人を抽出。これを五苓散使用群3,889例と五苓散非使用群3万3,121例に分け、双方から似たような背景を持つ患者さんを選び出す傾向スコアマッチングにより3,879例ずつを抽出。そのうえで穿頭血腫洗浄術の再手術率と総入院医療費を統計解析手法で比較しました。再手術率は五苓散投与群が4.8%、非投与群が6.2%となり、統計学的には投与群のほうが有意に低下していました。
また、総入院医療費の平均は五苓散使用群が64.3万円、非使用群が67.1万円でいずれも有意に五苓散群の方が優れていました。康永先生は「通常薬を使う場合の方が安くなるということはあまりないが、漢方薬は安価なうえ、五苓散の使用により再手術が減り、それに伴う入院医療費が減ったのだろうと推測される」と説明しました。(村上和巳)
ビッグデータ分析で分かった漢方薬の実力
- 慢性硬膜下血腫に対する五苓散の効果
- 妊娠中のつわりに対する漢方薬の効果