【学会レポート】がん治療中の末梢神経障害や口内炎に対して漢方薬ができることは
牛車腎気丸の生薬・山茱萸の成分が末梢神経障害に有効
札幌東徳洲会病院先端外科センター長
河野透先生
札幌東徳洲会病院先端外科センター長の河野透先生は、6月に名古屋で開催された第68回日本東洋医学会学術集会のシンポジウムで講演し、がん化学療法による末梢神経障害に牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)、口内炎に半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)が有効であるとの見解を表明しました。
現在大腸がんでは抗がん剤のオキサリプラチンとフルオロウラシル、ホリナートカルシウムを併用するFOLFOX療法が治療の核となっています。ただ、同療法ではオキサリプラチンによって引き起こされる末梢神経障害が代表的な副作用として知られ、患者さんの日常生活に影響を及ぼします。この副作用に対しては決定打となる治療はほとんどなく、なおかつFOLFOX療法終了から1年後でも約3割の患者で後遺症が残るとされ、臨床現場を悩ませていました。
オキサリプラチンによる末梢神経障害に対しては漢方薬の牛車腎気丸が有効という指摘もあり、アメリカ臨床腫瘍学会(ASCO)のガイドラインでもエビデンスは不十分としながらも、対症療法の選択肢に挙げています。
河野先生は一例として、FOLFOX療法による末梢神経障害への牛車腎気丸の効果をプラセボ対照で比較したGONE試験の結果を提示しました。それによると、グレード2以上の末梢神経障害の発現率は、プラセボ群が51.5%に対して牛車腎気丸群が38.6%、FOLFOX療法が中止となるグレード3以上ではプラセボ群が13.3%に対して牛車腎気丸群が6.8%でした。ただし、同試験も含めた過去の牛車腎気丸の比較試験の結果にはばらつきがみられることから、「牛車腎気丸の作用機序や薬物動態が不明確だったことが原因」と述べました。
一般にオキサリプラチンによる末梢神経障害は神経細胞が産生する活性酸素が原因であり、河野先生らが行った動物実験では、牛車腎気丸に含まれる生薬の山茱萸(サンシュユ)の成分モロニシドに活性酸素抑制効果があることが分かりました。
半夏瀉心湯で口内炎発症期間が約半分に
がん化学療法での口内炎は、口腔粘膜の損傷と活性酸素の産生にともなってできるプロスタグランジンE2(PGE2)による口腔粘膜での潰瘍形成と、抗がん剤による骨髄抑制によって、副次的に起こる口腔内細菌増殖が相互に作用して発生します。
口内炎はがん化学療法の実施6~12日目にかけて発生し、おおむね16日目までには治癒するものの、前述のFOLFOX療法の場合などは2週間おきに治療が行われるため、治癒に至らないまま次の治療サイクルを迎えることが問題視されています。口内炎に関しては、患者さんが口内炎を副作用として意識しておらず、時には食欲がありながら口内炎のために摂食できずに体重減少を引き起こすこともあるといいます。
河野先生は炎症性サイトカインの一種であるインターロイキン1βによる刺激でPGE2の産生が増強されたヒトの口腔粘膜細胞に半夏瀉心湯を添加し、濃度依存的にPGE2の産生が抑制された結果を提示。その作用は半夏瀉心湯に含まれる生薬の黄芩、乾姜の成分にあると説明しました。また、半夏瀉心湯の作用はPGE2産生に至るアラキドン酸代謝の中心的な役割を果たすホスホリパーゼA2、シクロオキシゲナーゼー2、PGE2合成酵素といった酵素を多方面的に抑制すること、さらに活性酸素であるヒドロキシラジカルの消去作用のほか、一部のグラム陰性口腔内細菌に対する殺菌作用も有していることも分かりました。
そのうえで河野先生は「ハムスターの抗がん剤口内炎モデルで半夏瀉心湯を使うと、口内炎の治癒速度が2倍になるが、これは一連のPGE2の産生抑制作用や口腔内細菌の殺菌作用では説明できない」と主張。自身による口腔上皮粘膜細胞での疑似潰瘍修復作用の観察結果から、胃潰瘍治療薬などと同様に半夏瀉心湯は細胞遊走能を高めることを明らかにしました。
さらに河野先生は、この知見をヒトに応用し、化学療法を施行中の大腸がん症例で半夏瀉心湯とプラセボで、グレード2以上の口内炎の発症期間を比較したところ、プラセボ群が10.5日に対し、半夏瀉心湯投与群では5.5日と半分に短縮され、その結果が有意(p=0.018)だったと報告しました。