がん治療で有効な漢方薬とは?~大建中湯・牛車腎気丸・十全大補湯の研究結果から~
がん治療に伴う副作用や後遺症を予防・緩和する支持療法が注目を集める
漢方薬の処方は、一般的には内科医が行うものと考えられがちですが、外科領域でも漢方薬を積極的に処方しているケースが見られます。徳島大学医学部消化器・移植外科学も積極的に漢方を使用している施設の1つです。
同科の吉川幸造先生は、第67回日本東洋医学会学術集会で外科の立場から、がんの手術前後の周術期の炎症などの抑制に対して大建中湯(だいけんちゅうとう)が、抗がん剤による末梢神経障害に牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)が、がんの制御に関わる免疫に対して十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)が有用である、と報告しました。
がんの手術前後の周術期の炎症などの抑制~大建中湯
大建中湯は「人参(ニンジン)」、「山椒(サンショウ)」、「乾姜(カンキョウ)」、「膠飴(コウイ)」の4種類の生薬で構成され、一般的にはお腹が冷えて痛む時やお腹が張る腹部膨満感の治療に用いられています。吉川先生は腹部表面の皮膚に複数の穴を開けて内視鏡や手術器具を入れ、手術室内にあるモニターに映る内視鏡映像をもとに手術を行う腹腔鏡手術で大腸がんの切除を受けた患者さんで大建中湯の効果を検討しました。具体的にはこの手術受けた患者さんを、大建中湯を投与した群と投与しない群に分け、効果を比較しています。
その結果、体内で炎症が起こったときに血中に現れるタンパク質・C反応性蛋白(CRP)は手術後3日目で、大建中湯を投与した群で明らかに低値でした。また、大腸がんの手術では、一般的に腸管の神経が一部傷つくため、一時的に腸管内の蠕動運動が低下してガスが出にくくなります。ところが大建中湯を投与された患者では、投与されなかった患者に比べて、術後に最初にガスが放出されるまでの期間が短縮されました。つまり手術後の回復が早かったことになります。
同じ腹腔鏡下で肝臓がんを切除した患者さんで大建中湯を投与した群と投与しない群に分けて比較し、同じように術後3日目のCRP値は、大建中湯を投与した群で明らかに低いことがわかりました。さらに外科手術では、術後に細菌や真菌といった微生物による感染症が発生することがあります。このうち真菌による感染症が発生すると血中でβ-Dグルカンという多糖体が増加しますが、腹腔鏡下で肝臓がんを切除した患者さんで大建中湯を投与した群では、投与しない群に比べ、この数値も低いことが分かりました。
抗がん剤による末梢神経障害を抑える~牛車腎気丸
手術による切除が不可能になった進行性のがんでは、抗がん剤による治療の中心となりますが、このうち切除不能の大腸がんで行われる抗がん剤治療の1つとして、フルオロウラシル、アイソボリン、オキサリプラチンという3種類の抗がん剤を併用するFOLFOX療法とよばれるものがあります。この治療では末梢神経が障害されて手足がしびれる副作用が多く報告されています。吉川先生はこのFOLFOX療法を行った大腸がん患者さんで、足の痛みや腰痛、しびれ、冷え症、かすみ目、排尿困難、頻尿などの治療に用いられる牛車腎気丸を投与した群と投与しない群に分けて検討を行いました。
末梢神経障害などの副作用は、その重症度をグレード1~5の5段階で評価します。グレード1は軽症、グレード2は中等症、グレード3は重症、グレード4は生命を脅かす状態、グレード5は副作用死をそれぞれ意味します。吉川先生の検討の結果、牛車腎気丸投与群ではグレード3以上の副作用が投与しない群と比べて明らかに少ないという結果が出ました。
がんの制御に関わる免疫に対して効果あり~十全大補湯~
さらに注目すべきは漢方薬にも免疫にかかわることで抗がん効果が認められるものがあるということです。吉川氏らが着目したのは、膵臓がんでの漢方薬・十全大補湯の効果です。
膵臓がんは極めて予後の悪いがんとして知られていて、診断を受けた患者さんの5年後の生存率(5年生存率)は、10%にも満たないのが現状です。
こうした中で吉川先生は、膵臓がん患者では、ヒトの体内の免疫機構が過剰に異物を排除しないように調節する働きがある制御性T細胞の数が増えていて、血中でのこの細胞の数が多いほど、がんの進行が速いことを突き止めました。つまり、膵臓がん患者では制御性T細胞が逆に免疫によるがん細胞の排除を妨害している可能性があるということです。そして検討の結果、十全大補湯を投与した群と投与しない群では投与群では制御性T細胞の数が減少することを確認しました。
がん治療における漢方薬の効果について、これからも科学的な解明が望まれます。