体質改善のための漢方処方 効果への「気づき」と生活指導が不可欠
漢方薬が得意とする分野として挙げられることの多い「体質改善」。前編では主に東洋医学・西洋医学からみた体質改善の定義や理論的な部分について触れましたが、後編パートでは実践的なテクニック等をご紹介していきます。前編と同じく、漢方外来を通じて多くの患者さんの体質改善に寄与し続けている、国際医療福祉大学 成田病院の並木隆雄先生にお話を伺いました。
漢方の効果をより引き出すためのアプローチ
漢方では患者さんの診断にあたり、四診(※)という診察方法を用います。
「四診とは読んで字のごとく、4つの診察方法からなります。患者さんの体質を理解し、有効な処方を行うには、要点を押さえた四診による診察が必要不可欠です」(並木先生)
ここで重要なのが、四診は単に患者さんの状態を聞き出すのみにとどまらず、治療(漢方)に関する不安や誤解を取り払い、治療効果に寄与する働きもあるという点です。
「例えば花粉症の患者さんが来院された際には、四診で治療の方向性を定めるとともに、必ず『花粉症はなんのために起こるのでしょうか?』『なぜこんなに鼻水が出ると思います?』などの問いかけをしています」(並木先生)
この質問の意図について、並木先生は
「涙や鼻水が出るのは、花粉という異物を排除するため、つまり花粉症はあくまでも体を守るための防御機構(それが過剰になってしまったものがアレルギー)であること、さらに、多すぎる鼻水は、体の中に必要以上の水分があるためで、ちょうどいい水分量ならここまで鼻水は出ないことなどを説明します。
続けて、「『なぜ余分な水があるのか?』『例えば水たまりができるのは日陰の、要は冷えている場所』『つまり今のあなたは冷えている状態』といった話をしていき、『だから水分代謝をよくして体を温める小青竜湯が有効で、併せて日常生活における体を温める養生が必要』と理論的に話したほうが、単に薬を出したり冷やさず温めてと伝えたりするだけよりも、日々の生活習慣の改善に積極的に取り組まれる患者さんが多いと感じます」と指摘します。
漢方薬の処方だけでなく、四診に基づく問いかけ、理論的な生活習慣の指導が、体質改善には不可欠といえるでしょう。
(※)望診(ぼうしん:目で見て得られる情報による診断)、聞診(ぶんしん:耳や鼻から得られる情報による診断)、問診(もんしん:対話で得られる情報による診断)、切診(せっしん:脈診や腹診など直接手を当てて得られる情報による診断)の4つから成る東洋医学独自の診断方法。問診は通常の医療機関と類似の行為だが、問いかける内容は東洋医学のほうが広範にわたる場合が多い。
まるで占い師? 望診から体質をズバリ言い当てる漢方医
望診は四診の中でも特に有用な手段です。
「ある意味、問診以上に患者さんの体質を把握できるのが望診です。通常、自分の体の状態や不調の原因をはっきり理解している患者さんは少なく、問診のやり取りで曖昧な返答をされる方もいらっしゃいます。しかし、体には明確に心身の状態が現れます。例えば花粉症の患者さんに舌の状態を診る『舌診』を行うと、舌苔で舌が真っ白になっている人が少なからずいます。これは通常苔のない舌にまで水が溢れているわけで、摂取過多や体が冷えて水分代謝が悪いなどで体内に余分な水分があることの証左です」(並木先生)
こうした患者さんに『あなた、普段からよくアイスクリームや果物などを召し上がりますね?』と聞くと、高確率で『先生、どうしてわかるんですか!?』と返答されるといいます。
「私としては、単に東洋医学の基本的な診察をしているだけなのですが、よく当たる占い師を見るような目で驚かれる方もいます(笑)。こうしたやり取りから、自らの体質を把握されるのはもちろん、『この先生は私のことを分かってくれている』と信頼されることで、生活習慣の改善などについて私のアドバイスを受け入れてくれる姿勢が生まれるといったメリットもあるようです」(並木先生)
表れている効果に気づきを与えることも治療
並木先生の外来は完全予約制で、原則他の医療機関の紹介状が必要です。このため、他院で症状や不調が改善しなかったが患者さんが大半を占めています。
「経験上、他院の受診歴のない患者さんなら、初回の診断・処方で9割以上は効果が出ます。ですが、紹介患者さんの場合、初回の来院で改善する患者さんは5~6割くらいです」(並木先生)
そこで並木先生は『より効果が上がるような患者さんへの対応のポイント』を実践しています。
「例えば効果を聴く際、単に『(薬を飲んで)どうですか?』といった聴き方はしません。効果の感じ方は人それぞれで、何らか変化があっただけで『効いた』と言う方もいますが、症状がゼロにならないと、あるいは、最も気になる症状(主訴)が改善しないと『効いていない』と言う方もいます」(並木先生)
並木先生が気をつけているのは『漠然と聴かず、ピンポイントに聴く』です。
「ほとんどの患者さんは、最も気になる症状(主訴)以外に、いくつかの随伴症状を有しています。そこで、そのすべての症状について『頭痛はどうですか?』『便秘は~』『冷えは~』と一つ一つ聞いていくことが重要です。各症状への意識がより高まり、来院時は“あまり効いていないなぁ…”という顔をしていた患者さんでも、『そういえば〇〇は変わりないようだけど、××はよくなっている気が…』といった答えが返ってくることがあります」(並木先生)
表れている効果に気づきを与えることも治療の一環となります。
「診察の際は、患者さんに、自身の心身の状態への意識をいかに高めてもらうかを常に考えています。逆に患者さん側からすれば、普段から自分の状態を意識することで、体質改善など漢方治療の効果は高まるといえます」(並木先生)
漢方薬の効果発現の目安は1か月以内
穏やかな効き目の漢方薬ですが、効果が出るまでの期間はどのくらいなのでしょうか?
「治る(体質が改善される)までには最低でも3か月、場合によってはより長期間を要することもありますが、基本的には2週間、遅くとも1か月以内には何らかの効果が表れます」(並木先生)
それでも『本当に何も』改善が見られない場合には処方を切り替えます。
「その際には、効かなかった処方と同系統ではなく、アプローチの異なる処方を選ぶことが重要です。例えば、冷えの症状に対し、水分代謝を高める処方が効かなかったのであれば、血の巡りを改善する処方を用いる、といった感じです」(並木先生)
こうした処方選びにより、前の処方との明確な比較ができると並木先生は言います。
「処方変更後、『前の薬と比べてどうですか?』と聴くと、新しい処方が合う、合わない以外に最初の薬のほうが効いていた気が…』という方も意外におられます」(並木先生)
人は自分の心身の状態に対し無意識に無自覚であり、だからこそ『患者さんの本音を引き出すための問診が最も重要』と話します。
「東洋医学(漢方)には、西洋医学のような確固たるエビデンスはありません。ですが、漢方で病気や不調が、つまり体質が改善される人がいるのも事実であり、その仕組みについては理論的に説明が可能です。そうした点を問診の中で丁寧に伝えるとともに、患者さんが自覚していない効果を掘り起こすアプローチを取ることで、漢方の治療効果は確実に上がります」(並木先生)
(取材・文 岩井浩)
千葉大学大学院医学研究院 特任教授
国際医療福祉大学成田病院予防医学センター 病院教授(漢方外来担当)