病気の分類法が変わると、漢方薬のデータ蓄積スピードが上がる
公開日:2010.12.16
カテゴリー:漢方ニュース
漢方薬というと「古くからの伝統に守られた」というイメージがあるかもしれないが、実は、刻々と変わる世界情勢から強い影響を受けている。野村総合研究所で漢方薬業界の研究・分析に携わっている森田哲明氏に、その点を分かりやすく解説していただいた。
漢方薬流通の全体像とは
- QLife:
- まず、漢方薬がどうやって患者さんの手に渡るのか、教えてください。
- 森田:
- 漢方薬は、農家が生産した生薬を原料に漢方薬メーカーが製造します。そして、病院・薬局やドラッグストアなどの販売チャネルや、メーカーによる直販チャネルを通じて、生活者に提供されます。その過程で、原料卸や医薬品卸などの仲介業者が介在することもあります。(図1参照)
- QLife:
- 生活者の購入チャネルは3つあるのですね。
- 森田:
- そうです。一番上の「医師、病院、薬局(保険適用)」はいわゆる処方薬ですね。医師の処方箋に基づいて患者さんが購入します。2番目の「漢方薬局、ドラッグストアなど」は昔ながらの漢方薬局や大手チェーン薬局などの棚に並んでいる市販薬で、店頭で選んで購入できます。3番目の「直販(店舗、通販など)」というのは卸を通さない業態で、大々的にテレビCMをして通販をしている会社もあります。
- QLife:
- それぞれの市場規模は、どれくらいですか。
- 森田:
- 概算ですが、処方薬=900億円程度、薬局市販薬と直販市販薬を合わせて=200億円程度です。
- QLife:
- この流れの中で、いま、どんな変化が起きているのでしょう。
- 森田:
- 主に5つあります。(1)薬事法改正によるコンビニ・スーパー等の新しい販売チャネルの出現、(2)生活者の健康やセルフメディケーションに対する意識の高まり、(3)漢方周辺市場への展開、(4)中国原料依存による原料枯渇問題、(5)WHOによる伝統医学(漢方医学含む)の国際化、です。
- QLife:
- 最後の(4)と(5)は国際的な話ですね。
- 森田:
- その通りです。漢方薬の今後は、もはや世界の動きを抜きに語れないのです。
ICDの変更が及ぼす影響とは
- QLife:
- 「WHOによる伝統医学(漢方医学含む)の国際化」とは何ですか。
- 森田:
- 「ICD」という、疾病の統計基準として世界保健機関 (WHO) が決めた分類があります。現在の最新版は、1990年に定められた第10版で「ICD-10(図2)」と呼ばれています。もはや国際ルールなので、日本でも、病名の付け方などICD-10に従うことが多くなっています。
- QLife:
- これが、2015年に改定される予定ですね。
- 森田:
- そうです。その、次の「ICD-11」に、漢方薬の「症状」が登録される可能性があり、もしこれが実現されると漢方薬の処方が大幅に増える可能性があるのです。
- QLife:
- まだ決定はしていないのですね。
- 森田:
- まだです。経緯を説明すると、1990年代以降、欧米で補完・代替医療に対する期待が高まり、中医学(中国の伝統医学)、アーユルヴェーダ(インドの伝統医学)など、西洋医学以外の伝統医学を重視する潮流が生じてきました。また、ICDは国際的な統計基準ですが、現在のところ先進国でしか統計情報を取れておらず、矛盾している側面を持っていたのです。そのためWHOは、世界の多くの地域で用いられている伝統医学をICDに取り込むことで、統計データを先進国以外にも広げることができないかと検討しているのです。
- QLife:
- 逆に言うと、漢方薬はこれまで国際的統計基準にマッチしていなかったのですね。
- 森田:
- 具体的には、ICD-11には「病名」分類だけでなく「症状」分類が加えられる可能性があります。もしこれが実現すると、2つの大きなインパクトがあります。一つ目は、「症状」からの処方が増える点です。現在のICD-10は「病名」分類だけなので、「病名」を明確にしてから処方をするのが標準的な治療法、つまり「病名」が明確にせずに「症状」から薬を決めるのは「非」標準の処方というイメージになっていました。ところがICD-11に「症状」が加わると、「症状」に応じて処方する医師が増えるでしょう。
- QLife:
- なるほど。
- 森田:
- もう一つは、「症状」単位でのデータが蓄積されることです。もともとICDは統計基準ですから、「症状」別に科学的根拠を国際的に収集することが加速されるでしょう。現代医学はエビデンス重視ですから、エビデンス・レベルの高い情報があるほど、医師は処方をしやすくなるのです。
- QLife:
- 処方量が増えれば、さらにデータが増えるという循環になりますね。
- 森田:
- そうです。そしてデータが増えれば、これまで漢方薬に慣れていなかった欧米の医師の間でも、漢方薬への関心が広がる可能性があります。日本の漢方薬産業にとっても、これまで蓄積してきた知見やビジネスを海外に広げていくチャンスです。当然、中国や韓国などとの競争になるでしょうが、経済的な側面でも大変期待が持てる話だと思います。
森田哲明氏
株式会社野村総合研究所、サービス事業コンサルティング部
株式会社野村総合研究所、サービス事業コンサルティング部
東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻修士課程修了、野村総合研究所入社。現在、同社サービス事業コンサルティング部副主任コンサルタント。専門領域は、漢方薬産業全般、社会保障制度・医療関連ビジネス戦略立案、電子マネー・企業ポイント・ID等を用いたCRM戦略立案など。