<第71回日本東洋医学会学術総会 市民公開講座レポート>漢方薬によるかぜ対策ならびに新型コロナウイルスへの漢方薬の効果の可能性
2021年8月13~15日、第71回日本東洋医学会学術総会が、新型コロナウイルス感染症の感染拡大状況を鑑み、オンラインで開催されました。最終日に行われた市民公開講座「東洋医学からみた健康法」から東北大学大学院医学系研究科漢方・統合医療学共同研究講座・東北大学病院漢方内科の菊地章子先生による「漢方による風邪対策」の講演の一部をご紹介します。
(編集部注:本記事は2021年8月取材時の状況をもとにしています)
かぜのステージによって漢方薬を使い分け
「かぜは万病のもと」といわれるように、高齢者や基礎疾患を持つ人などの場合は、重大な合併症を引き起こすことがあります。
菊地先生は「かぜの原因は、約9割がウイルスです。ウイルスは細菌と異なり、抗生物質が効かないため、インフルエンザなど一部のウイルスを除きウイルスそのものを直接排除するような治療を行うことができません。したがってかぜの治療は一般的には対症療法、つまり症状に応じた治療を行うのが基本です。熱が出る場合は解熱剤を、せきが出る場合はせき止めの薬を処方し、症状の改善を図ります」と話します。
漢方医学は、中国の伝統医学をもとに日本で独自の発展を遂げ、約1,500年にわたって人々の健康を支えてきました。感染症による死亡が多数を占めてきた時代から、かぜに対し多くの薬で対応してきたため、現在でも多岐にわたる漢方薬が、かぜの治療で使用されています。
その際の判断の基準になるのが、①かぜのステージ(段階)、②患者さんのもともとの体質(体力の有無)、③症状の3つです。漢方における感染症の考え方に照らし合わせると、①のうち漢方薬の適応になるのは、かぜのひき始め(3日くらいまで)からこじらせてしまった場合や回復期までのステージだと考えられています。
かぜに効く漢方薬、といえば葛根湯(かっこんとう)が有名ですが、かぜならどんな場合にでも効くわけではありません。菊地先生は「葛根湯は、“かぜのひきはじめの悪寒や頭痛、首の後ろが凝っているとき”に向いており、一方、同じステージでも「発熱や筋肉痛、関節痛があるときなら麻黄湯(まおうとう)を、体力がない人なら桂枝湯(けいしとう)や麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)などが適している」と話します。
かぜが少し長引いてしまっているステージでは、悪寒と熱感を繰り返す症状には小柴胡湯(しょうさいことう)、強いせきがある場合は五虎湯(ごことう)、麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)、そのほか、せきや胸の痛み、消化器症状の有無によって使うべき漢方薬を判断します。
かぜの回復期についても、せきや口の渇き、たんや全身の症状を見て漢方薬を使い分けます。それぞれ、必要に応じて西洋薬を併用することも有用だといいます。
漢方医学独自のかぜ症候群の治療方法がある一方で、近年漢方薬の効果についての研究がさかんに行われ、科学的にその効果が証明されつつあります。
「たとえばウイルス感染に対する対応策は、①免疫機能を高めること、②ウイルスの増殖を抑えること、③炎症を抑えることですが、漢方薬はこれらの効果が期待できることが今までの報告でわかっています」と菊地先生は話します。
漢方薬が新型コロナウイルス感染症に役立つ場面
現在、世界中で流行している新型コロナウイルス感染症もコロナウイルスというウイルスが原因です。基礎疾患がなく軽症の場合は対症療法が基本ではありますが、さまざまな薬の有効性が研究されてきているなかで、漢方薬も新型コロナウイルス感染症の治療に役立つかどうかの研究が進められています。
特に発症の初期におけるかぜのような症状や、回復期の全身倦怠感や食欲不振などの症状、さらに予防への有効性が期待されています。実際に、先生が所属する東北大学病院の総合診療科でも、新型コロナウイルス感染症の患者さんに漢方薬を処方することもあるとのことです。新型コロナウイルス感染症に漢方薬を使う場合も、投与時の経過日数や強いせきやたん、胃腸症状、嗅覚障害または味覚障害の有無、体質などに合わせて漢方薬を選ぶことが大切です。
また、新型コロナウイルス感染症は、肺炎が治まり、熱が下がった後も味覚障害やだるさなどの後遺症が残ることも多いといわれています。
菊地先生は「新型コロナウイルス感染症における嗅覚障害には、葛根湯加川芎辛夷(かっこんとうかせんきゅうしんい)が役立つ可能性が報告されました1)。現在、そのほかの漢方薬についても検討が進められているところですが、新型コロナウイルス感染症における嗅覚障害に悩む人にとっては、漢方薬が役に立つ可能性があります」とまとめられました。
漢方薬が未知のウイルス対策への切り札に
新型コロナウイルス感染症については、何よりも予防が大切だといわれています。
感染しないように予防し、また感染した後でも重症化しないよう予防すること、この2つが重要となります。
「『マスクをする』『手洗い、手指消毒をする』『三密(密閉・密集・密接)を避ける』ことを基本とし、冬など湿度が低いときや風の強い日、年末年始など人の移動が多いとき、季節の変わり目や花粉の時期などで、せきをする人が増えたときなどは、外出をなるべく避けるというのも感染対策になります。また、ワクチンは、感染と重症化の両方に高い予防効果が期待できます。現在、問題になっている変異株に対しても発症や入院の予防効果がある程度期待できる2)とされています」と菊地先生は話します。
そして最後に漢方薬への期待についてこうまとめられました。
「今回の新型コロナウイルス感染症のような新たなウイルスの流行は、これからも繰り返し起こる可能性があります。それらに対する漢方薬の効果を科学的に証明できるよう、現在、国内では、新型コロナウイルス感染症と漢方薬についてのさまざまな臨床試験が進められています。昔から感染症に使われてきた漢方薬が、今後も役立つことがあるかと思います。その効果を科学的に証明できるよう私たちも研究を進めていきたいと思います」
1,500年も前から先人によって蓄積され今の形に至った漢方薬は、未知のウイルス対策の一助となるかもしれません。
- 参考
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- Takayama S, et al. Tohoku J Exp Med 2021; 254: 71-80
- COVID-19ワクチンに関する提言(第4版)│日本感染症学会<2021年12月8日閲覧>