【加味逍遙散】HRT抵抗性で、精神症状を強く訴える更年期障害に対する改善効果/論文の意義
西洋医学では対処法に乏しく困っている領域
女性の更年期障害で、精神症状を強く訴えるホルモン補充療法に抵抗性の患者に、更年期障害に伴う血管運動症状と精神症状のいずれも改善する-加味逍遙散(かみしょうようさん)
女性では生理が止まる(閉経)50歳前後になると、動悸、血圧の著しい変動、通称・ホットフラッシュと呼ばれるほてりやのぼせ、さらには多汗、頭痛、めまい、不眠、疲労感、腰痛、しびれ、知覚過敏、関節痛、筋肉痛などという痛みを伴う症状、さらには不安感、抑うつなどの精神症状など多様な症状がみられるようになります。これらの症状を総称して一般的には更年期症状と呼びます。
これはエストロゲンというホルモンの分泌量が低下しはじめることが原因で起こります。エストロゲンは女性ホルモンの1種で、このホルモンが減少することは全身に様々な影響をおよぼし、前述したような様々な症状が起こるわけです。
現在、この更年期障害の症状に対して一般的に行われている治療が、欠乏したエストロゲンを補うホルモン補充療法(HRT)です。しかし、この治療で効果が不十分な症例では、漢方治療の有効性が期待されています。
今回、日高隆雄先生(富山県黒部市民病院産婦人科部長、副院長)らのグループは、こうしたHRTの反応性がない、あるいは効果が不十分な更年期障害の女性に対して漢方薬の『加味逍遙散』の有効性が高いことを報告しました。
HRTで効果が不十分な更年期障害の患者に『加味逍遙散』を投与することは、日本国内ではこれまでもありましたが、日高先生らの報告は統計学的手法でその有効性を示した数少ない研究です。この研究成果は日本を含む、アジア、オセアニア地域の産婦人科専門医を束ねるアジア・オセアニア産科婦人科連合が発行する英文学術誌「Journal of Obstetrics and Gynaecology Research」の2013年1月号に掲載されました。
背景:更年期障害に対するHRT抵抗性を示す例には有効な治療はなく、そもそも更年期障害に伴う精神症状に対してHRTは効果がないことから、有効かつ安全性が高い新たな薬剤の選択肢が求められている
更年期障害は閉経前後の女性のほとんどが何らかの症状を有していると言われています。しかし、このうち実際に医療機関を受診して治療を受けている人は多くても3割程度と推定されています。これは更年期障害の症状が多様性で、なおかつ症状の重さの程度に個人差もあるため、それとは気づきにくいからと考えられています。特にのぼせやほてり、あるいは精神的なイライラなどといった症状は、必ずしも更年期障害特有のものではなく、患者の主観的評価もあるため、医師ですらその原因となる病気を客観的に判断しにくい側面があります。このような簡単に原因特定に結び付かない患者の自覚症状を一般的には「不定愁訴」と呼んでいます。
こうしたことから更年期障害にもかかわらず、適切な治療が行われず、その結果として日常生活に支障をきたしているケースも少なくありません。
医療機関(産婦人科)を受診して更年期障害と診断されれば、HRTが行われますが、この治療法にも欠点があります。エストロゲンを単独で投与して補う場合は、エストロゲンの分泌量増加に伴って発症しやすい子宮体がんの発生率が高まることが分かっています。
こうした欠点を補うために現在ではエストロゲンとともに黄体ホルモンであるプロゲステロンを併せて投与するなどの工夫が行われています。ただ、こうした治療上の工夫は長期的な視点からは、安全かどうかはまだ十分には解明されていません。
また、HRTはほてりなどの血管運動症状のみに有効で、更年期障害に伴って発生するイライラ感や気分の落ち込みには効果がないと言われています。精神症状のみを標的に向精神薬を併用するという選択肢もないわけではありませんが、この種の薬は副作用も強く、その使用には慎重さが求められています。
『加味逍遙散』は、「当帰(トウキ)」、「芍薬(シャクヤク)」、「蒼朮(ソウジュツ)」、「茯苓(ブクリョウ)」、「柴胡(サイコ) 」、「牡丹皮(ボタンピ)」、「山梔子(サンシシ)」、「甘草(カンゾウ)」、「生姜(ショウキョウ)」、「薄荷(ハッカ)」と10種の多様な構成生薬からなる漢方薬です。
このうち当帰は血液循環を改善することによる鎮静・鎮痛効果があり、従来から女性の冷え性、生理不順、貧血などの治療に用いられています。また、芍薬、牡丹皮は女性ホルモンの分泌を整える働きがあり、山梔子は消炎・解熱・精神安定作用があることが知られています。このようなことから『加味逍遙散』は疲れやすい、肩こり、イライラなどのある体力中等度以下の更年期障害、月経困難、月経不順、冷え症、不眠などに使用されてきました。
今回、日高先生らは、HRTが反応しない、あるいは効果不十分な更年期障害の患者さんに『加味逍遙散』を投与し、その効果を検討しました。検討に当たってはビジュアル・アナログ・スケール(VAS)という手法を用いました。これは1つの直線の一方の端にある種の症状がない場合、直線の反対方向の端をその症状が最高レベルにある場合と定め、両端の間に目盛を設定し、患者さん自身で感じる症状の程度を目盛上に記録し、それを数値化して症状の重症度を評価するものです。
患者さんの自覚症状は患者さんにしか分からず、なおかつそれを数値化することが難しいため、VASを用いて症状の重症度を視覚的に分かりやすく、かつ数値化して客観的に評価しようという試みです。薬の投与前後でスコアを測定すれば、薬の効果を簡便に評価できます。
日高先生らは、ほてり、発汗、冷え、動悸、不眠、興奮性、抑うつ、めまい、肩こりという9項目の更年期障害症状に関するVASスコアを『加味逍遙散』の投与前後で評価しました。この結果、9項目全部のスコアを合計した総合スコアが『加味逍遙散』投与後に明らかに低下することが分かりました。また、この各項目を血管運動症状(ほてり、発汗、寒気)、精神症状(不眠、興奮性、抑うつ、めまい)に分けて、同じようにスコアの変化を評価すると、『加味逍遙散』投与後に両スコアとも明らかな低下が認められました。
この研究では、『加味逍遙散』は、全症例45例中、33例(77.3%)に有効でありました。また『加味逍遙散』投与による有効例と無効例の比較において、有効例は投与前の不眠、抑うつ、めまいといった精神症状のVASスコアが有意に高いことが分かりました。
このことは更年期障害の精神症状がより重症だった患者さんでは、『加味逍遙散』による精神症状の改善効果が高く、結果として更年期障害の症状全体での改善効果も高かったと考えられます。
これらを総合すると、日高先生らの研究結果は、HRTが反応しない、効果不十分な更年期障害に対して漢方薬の『加味逍遙散』は、副作用がなく有用な治療薬である可能性を統計学的手法で明らかにした貴重な報告であり、とりわけ向精神薬などを併用しなくても更年期障害に伴う精神症状までも改善する薬剤であると考えられます。