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【六君子湯】胃切除後の胃がん患者における消化管症状とグレリンレベルに対する効果/論文の意義

公開日:2014.02.18
カテゴリー:特集・漢方の実力

西洋医学では対処法に乏しく困っている領域
胃切除後の胃がん患者での摂食障害や体重減少の原因となるグレリンの分泌低下に有効-六君子湯(りっくんしとう)

 現在、日本人の死亡者の原因トップであるのはがんだが、臓器別に見たがんの死亡者で最も多いのが肺がん、次いで胃がんとなっています。このうち胃がんによる死者は過去数年、年間5万人前後で推移しています。
 もっとも近年では検査技術や外科手術の進歩のおかげで早期に発見された胃がんの場合は、手術で除去することで命を失うまでには至らなくなってもいます。胃がんに対する手術では、胃内のがん発生部位によっては切除部分を最小化し、術後の胃の機能を最大限温存することも可能になってきました。
 胃がんなどの胃切除術後には、しばしば多様な上部消化管愁訴とともに以前ほど食事がとれない、あるいは食欲がないなどの摂食障害や体重の減少などが生じ、著しい生活の質(QOL)低下が問題になっています。上部消化管外科領域では、これまで術後の食欲低下の原因は器質的な障害にあると考えられていましたが、最近では消化管ペプチドホルモンであるグレリンの機能的な障害の関与が注目されるようになってきました。
 胃がんなどの胃切除術後の摂食障害や体重減少には、このグレリンが大きく関与していることが明らかになっています。
 しかし、このグレリンの分泌低下に対して有効な治療法はこれまであまり知られていません。大阪大学大学院医学系研究科消化器外科学講師の瀧口修司先生らのグループは、胃がんでの胃切除症例で発生する食欲不振の改善に漢方薬の六君子湯が有効であると報告しました。この報告は国際胃癌学会と日本胃癌学会が共同発行する英文学術誌「Gastric Cancer」2013年4月号に掲載されました。

背景:胃がん切除後の食欲増進ホルモン・グレリンの分泌減少に対して有効な治療薬は存在せず、新たなアプローチが求められている

 胃がんの切除後は部分切除であっても患者は体重が10kg前後減少すると言われています。これは胃の部分切除や全摘出などによって胃の容積が減少し、食事を多くとれないことで筋肉などが減少することが主な原因です。
 ただ、最近ではこの体重減少に消化管ホルモンのグレリンが深く関与していることが明らかになっています。グレリンは、成長ホルモン分泌作用のほか、摂食促進、消化管運動促進、胃酸分泌、体重増加などの生理作用を有しており胃切除術によって患者のグレリン値が低下することが報告されています。(胃全摘で術前の12%、幽門側胃切除で術前の40%に低下)。
 グレリンには主に活性化グレリン(アシルグレリン)と不活性化グレリン(デスアシルグレリン)の2種類があり、グレリン内に占める割合は約1:9とされ、前者のアシルグレリンが食欲増進作用を有することが分かっています。
 胃がんで胃の切除を行った場合、グレリンの分泌量が減少するだけでなく、脳への経路で迷走神経が切断されるため、食欲不振となりやすくなります。このことが体重減少を加速させる要因ともなっています。
 がん患者さんでの体重減少は時として術後の治療の妨げにもなります。特に術後にがんの再発を防ぐために術後化学療法と呼ばれる抗がん剤投与が行われる場合です。最近では、体重減少の幅が大きいほど抗がん剤服用の継続率が低いことが分かり、患者さんの最終的な生命予後にもかかわるため、食欲不振も含めた体重減少対策は見過ごせないものです。
 六君子湯は、蒼朮(そうじゅつ)茯苓(ぶくりょう)人参(にんじん)半夏(はんげ)陳皮(ちんぴ)大棗(たいそう)生姜(しょうきょう)甘草(かんぞう)という生薬で構成され、従来から漢方薬の世界では食欲不振に処方されてきた薬剤です。
 瀧口先生らは今回の報告で胃がんによって胃を部分切除、あるいは全部摘出した患者さんに六君子湯を4週間投与しました。その結果、グレリンの総量には変化は認められませんでしたが、グレリンの総量に占める活性型グレリンの比率は、六君子湯の投与4週間後に明らかに上昇しました。そして六君子湯投与終了後に、薬剤を休薬して4週間経過した結果、アシルグレリンの割合は投与する前の値に明らかに減少していました。
 さらに、六君子湯投与4週間後にはビジュアル・アナログ・スケール(VAS)を用いた食欲不振の評価でも明らかな改善が認められました。VASは直線上にある種の症状の重症度を目盛りとして刻み、患者さん自身が症状の程度をそこに記録します。食欲不振は患者さん本人しか自覚できないため、この方式で簡便に重症度を数値化して評価できるわけです。
 また、同じように患者さんの自覚症状を記録するため、活動力低下、逆流症状、低血糖症状、悪心嘔吐、消化不良症状、疼痛を点数で評価する上部消化管機能評価(DAUGSスコア)、がんにかかった患者さんの生活の質を機能、症状に関する30項目で点数化して評価するため世界的に用いられているEORTC-QLQ-C30というスコアも記録しました。2つともVASと同じく患者さん自身に記録してもらうものです。
 この結果ではDAUGSの各症状を総合したスコア、DAUGSスコア内の活動力低下、逆流症状、低血糖症状、悪心嘔吐症状の項目、生活の質(QOL)を評価するEORTC-QLQ-C30の中の身体症状の項目はいずれも六君子湯の投与前と比べ投与4週間後に明らかに改善を示しました。
 このことから六君子湯は、胃切除術後の患者さんに対して活性化グレリンを増加させて、体重増加、食欲増加、胃腸障害抑制、身体機能の向上に期待できる薬剤と考えられました。
 グレリンは迷走神経を介して脳内の特定部位に作用することが知られていますが、胃切除患者においては迷走神経が切離されるため、グレリンの作用経路を失うことになります。それにもかかわらず、六君子湯により食欲促進作用を認められたここから迷走神経のみならず血液を介した摂食中枢への伝達経路が存在する可能性があると考えられました。
 現在の治療の中で六君子湯は、活性型グレリンを増加させる唯一の薬剤といえます。

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