飯塚病院東洋医学センター 漢方診療科 田原英一部長
~漢方薬の新時代診療風景~
漢方薬は、一般に知られる処方薬(西洋医学)では対処が難しい症状や疾患に対して、西洋医学を補完する使われ方も多く、今後の医療でもますます重要な役割を果たすと考えられます。
近年、漢方薬の特性については科学的な解明が進んだこともあって、エビデンス重視の治療方針を取る医師の間でも漢方薬が使用されることが増えています。
漢方薬を正しく理解して正しく使うことで、治療に、患者さんに役立てたい。日々勉強を重ねる、身近な病院の身近なドクターに、漢方活用の様子を直接伺いました。ドクターの人となりも見えてきます。
アルバイトで得られた確信に突き動かされ
実は、最初から漢方に興味があって富山医科薬科大学に入学したわけではないんです。きっかけは、和漢診療部で保存期腎不全患者に使用した漢方薬の効果を、データにまとめるアルバイトをしたこと。当時はまだコンピューターが普及していなかったので患者さんのデータを整理するグラフを書かされたのです。すると腎機能が低下していくグラフの線が、漢方薬を使用するとなだらかになっていただけでなく上方向になることもあり、通常あと2~3か月で透析しなければならないような人が、7年くらい透析せずに済んだケースもありました。当時、理屈はよくわからなかったのですが、「こいつはすごいな」という認識がそこで生まれました。漢方薬が効くことをこのアルバイトを通して認識し、そのことに突き動かされて漢方の道に進んだのだと思います。
西日本随一の環境を駆使して
当科では入院治療もおこなっており、入院でないと扱えない貴重な烏頭(うず)などを含むさまざまな生薬を取り揃えています。煎じ薬、丸薬、散薬、まれにしか使わない座薬などもありますので、それらを駆使することができます。入院治療では、患者さんにそれらを飲んでもらい、病態を随時観察し、治療します。
また、6人いる常勤の医師のうち、4人が漢方指導医の資格を持っています。他に非常勤で3人の指導医がいますので、福岡県の3分の1くらいはここに指導医がいるということですね。ですから、当院は漢方の力を発揮するには西日本随一の強力な病院だと思っています(2015/9月現在)。
さらに、膠原病などの疾患に対しても他の科と連携し、当科で提唱している和漢食を出していますし、緩和ケアを手伝ったり、開業している先生のお手伝いもしています。しかし残念ながら過去に入院した人で、漢方治療もおこない西洋医学的にも精一杯の治療をしましたが、亡くなられた患者さんもいました。その患者さんのことを思い出すと、西洋医学的にも漢方医学的にもベストパフォーマンスとはどんなものか、追い求めていかなければいけないと思っています。
日本人にありがちな「水毒」に注力
私自身は特に「水毒※」 に関心を持っているので水毒の治療も極めたいです。日本はジメジメしている場所が多く、水毒の病態によって苦しんでいる人が多いと思います。小豆は水を出す働きがあって昔はよく赤飯などで食べていましたが、今はそんなに食べませんよね。そんな食生活の変化も水が溜まりやすくなっている原因かなと思います。頭が痛い、めまいがする、耳鳴りがする、吐き気がする、体が痛い、重い、だるい、きついといった訴えの人には水毒の治療をすると、なんとか家に帰れるくらいになっています。そういう治療をここ数年はがんばってやっています。
ただ、病気だけ治療してもダメです。なぜそうなったのかを追及しなければ、結局また「具合が悪い」と言って来られたりしますから。主訴に直接アプローチするのではなく、体の中で負の連鎖が働いている部分を調整してあげないといけない。例えば主訴はおしっこが出ないことで、でも詳しく聞くとご飯が食べられない、眠れない、便秘、生きているのが辛いといった、いろんな症状があったりします。そんな時は、薬の力で一旦良くするだけでなく、その状況がなぜ起こったのかを調べてみる必要があります。
他にも病気は感情によっても起きてきます。誰のことで感情は作用するかというと、ほとんど身内ですよね。その点も踏まえ再発防止にも努めています。それから普段何を食べているか、運動習慣の有無でも違ってきます。
※水滞ともいう。中医学、漢方医学において体液の偏在が起こった状態、つまり体内の水分の代謝障害が起こっている状態を指す用語
生命活動の根幹『食う・寝る・出す・遊ぶ』を大切に
読者の方には、全般的に『食う・寝る・出す・遊ぶ』を大切にしていただきたいと思います。生活習慣全体に何かの不都合があるから、気血水の乱れ、冷え、腎虚などが起こってくるわけです。治療するための漢方薬はありますが、原因も追及していかないとまた元に戻ってしまいます。それでは治療としては完結しないので、きちんと原因に目を向けて欲しいと思います。ただ、患者さん本人は良かれと思って体に悪いことをやっていることもあるので、ある程度しつこく話を聞くようにしています。例えば、酢は身体を冷やすのですが酢をいっぱいかけて食べていたりとか。薬だけに頼っていてはよくなりきれないということですよね。しつこ過ぎて“尋問”と呼ばれていますが(笑)。
また、自分も楽しく診療をすることで、最後にちょっと笑って帰ってもらえたらなと思っています。つまり希望を与えてあげるということです。
“イノベーション漢方”と、教育にも力を注ぐ
今取り組んでいることに、私が自分で“イノベーション漢方”と呼んでいる分野があります。証を無視するわけではないのですが、あまり固定されないで少し切り口を変えて理解したら薬が新しくもっと広く使えるのではないかという発想に基づいています。漢方薬のエキス剤というのは数が限られていますが、それに対し疾患というのは非常に多くていろいろなものがありますよね。例えば乙字湯というと「痔の薬だ」、と我々のステレオタイプの頭の中にはありますが、実はもっといろいろな使い方があっていいのではないか、お尻の炎症に使えるのであれば口唇炎の人にも使えるんじゃないかと。そんな使い方もいろいろ挑戦しているところです。
それから教育にも頑張っています。一所懸命論文を書いて投稿したり、レクチャーして教えていくつもりです。
飯塚病院東洋医学センター 漢方診療科
医院ホームページ:http://aih-net.com/medical/depart/kanpo/index.html
診飯塚駅より徒歩5分。遠賀川沿いの開けた場所にあります。正面玄関から漢方診療部までは少し距離があるので、インフォメーションで確かめて行きましょう。
詳しい道案内は医院ホームページから。
診療科目
内科、精神科、神経内科、呼吸器科、漢方診療科ほか
田原英一(たはら・えいいち)部長略歴
1991年 富山医科薬科大学付属病院和漢診療部医員(研修医)
1999年 砺波(となみ)サンシャイン病院(富山県)副院長
1999年 博士(医学)取得(富山医薬大乙第283号)
2002年 近畿大学東洋医学研究所講師
2006年 近畿大学東洋医学研究所助教授
2007年 麻生飯塚病院東洋医学センター漢方診療科部長、ももち東洋クリニック副院長兼任
2011年 宮崎大学臨床教授、大分大学臨床准教授兼任
2012年 大分大学臨床教授、長崎大学講師兼任
■所属・資格他
日本東洋医学会(専門医、指導医、代議員、学術教育委員、健康保険担当委員、福岡県部会長)、和漢医薬学会(評議員)、日本内科学会(認定内科医、総合内科専門医)、日本アレルギー学会(アレルギー専門医)、日本皮膚科学会、日本皮膚アレルギー学会
■受賞
2000年9月 第17回和漢医薬学会 学術奨励賞受賞
■著書
高齢者のための和漢診療学(医学書院:共著)、EBM漢方(医歯薬出版:共著)最新情報漢方(NHK出版:共著)、漢方診療二項の秘訣(金原出版;共著)、つかってみよう!こんな時に漢方薬(シービーアール:共著)、専門医のための漢方医学テキスト(IV症候からみる漢方、5全身・精神、D認知症・異常行動、日本東洋医学会:共著)、はじめての漢方診療症例演習編(医学書院:共著)、神経疾患最新治療2012-2014(南江堂:共著)、スキルアップのための漢方相談ガイド 改定第2版(南山堂:共著)、日本伝統医学テキスト 漢方編(日経印刷:共著)、はじめての漢方治療(診断と治療社:共著)