亀田メディカルセンター東洋医学診療科 南澤潔部長
~漢方薬の新時代診療風景~
漢方薬は、一般に知られる処方薬(西洋医学)では対処が難しい症状や疾患に対して、西洋医学を補完する使われ方も多く、今後の医療でもますます重要な役割を果たすと考えられます。
近年、漢方薬の特性については科学的な解明が進んだこともあって、エビデンス重視の治療方針を取る医師の間でも漢方薬が使用されることが増えています。
漢方薬を正しく理解して正しく使うことで、治療に、患者さんに役立てたい。日々勉強を重ねる、身近な病院の身近なドクターに、漢方活用の様子を直接伺いました。ドクターの人となりも見えてきます。
人間の体が不思議だった
僕が医師を目指し始めたのは高校時代で、職業選択の1つとして漠然と考えていました。最初から崇高な理想があったわけではなく、やりがいのある、喜んでもらう仕事をしたいと思っていました。それと子供の頃から、例えば「怪我をしたらなんで治るんだろう?」と、人間の体について不思議に感じていて、生体のしくみ自体に興味があったのが医師を目指したベースになっていると思います。
実をいうと、研修医時代は漢方に全く興味がなく、東洋医学にはじめて触れたのも鍼治療でした。学生時代にラグビーで腰を悪くしたのですが、整形外科の先輩やOBのところに行っても決まって湿布を出されてお終い。そこで、ものは試しと試合前に鍼治療をしたら、走れるまで回復してビックリして、それから東洋医学にも興味をもつようになりました。
また、同じ研修医時代、病気が治ったのに浮かない顔をする患者さんがいることに気がつきました。患者さんも一応「ありがとうございました」と言ってくれる、けれども本当はなんとなく具合がまだ悪い、もちろん検査でも異常はないし、医学的には完治していても、満足していないように見えたのです。
僕は、将来高齢化社会を迎えた時に、病気ではないけれど健康でもない、こうした人たちが増えるだろうと思いました。そして、このままでは日本の医療は将来行き詰まるだろうとも。何か手を打たねばと漠然と考えながら、いろいろな科を研修医として回ったものの、その時に答えは見つかりませんでした。
病気ではない、でも健康ではない「未病」患者さんの増加
研修医を終えて、何科を目指そうか悩んでいた頃、たまたま手にとった東洋医学の医学書に、病気でもないが健康でもない人たち-「未病」の人たちを治療できる、とあり、これこそ将来日本の医療を支える医学だと直感しました。すぐに著者の先生に勉強させてほしいと手紙を書くと、返事があり、富山で東洋医学を実践されている先生を紹介していただき、そこで研修させてもらえることになりました。
医師となって5年目からの3年間、和漢診療部入局後の内科医研修時にぶつかった最初の壁は、不定愁訴の患者さんの多さでした。現代医学は修理の医学、だからどこが原因なのかわからないと治療できません。しかし、不定愁訴の患者さんの多くは検査しても異常が無いことも多く、それを告げても患者さんも納得しません。
不定愁訴の1つ1つの症状は、命にかかわるような問題は少ないのですが、それで人生を諦めてしまう人もいます。僕が思うのは、医師の考える重症度と患者さんが受け止めている重症度は違うということ。例えば医師が重症と思う疾患でも患者さんが治療を嫌がるケースも有るし、逆に医学的に重症ではないケースでも、患者さんは、治療法を求めてあちこち病院を回ることがある。
その後、本格的に漢方に取り組み、長年不定愁訴に悩む患者さんが全国から集まる臨床現場を経験しました。外来で診察していると、メンタルに異常があるのではないか、と感じる患者さんも実に多かったのですが、漢方で使うと8割くらいの人は精神状態も正常に戻るのです。健全な魂は健全な肉体に宿るといいます。逆に、肉体が不健全だと、魂も不健全になるということなのかもしれない。その時、メンタルが原因だと思っていた人が、実は普通の人が心身全体の不調によって心を病んでいるように見えたのだと気づきました。
現代医学と漢方の補完関係
以前、漢方外来に来られるのはかなり重症の方が多かったのですが、最近は意外と軽い気持ちで来られる患者さんが多いですね。また、漢方で症状が改善した患者さんから良く聞くのが「人生が変わった」という言葉ですね。特に印象に残っているのは、たまたま地元のラジオで紹介されたことをきっかけに来院した患者さんで、長年不定愁訴であちこち痛みを訴えて、家に引きこもりがちで、初めて外来に来られた時は「もう自分の人生は終わっている、あとは死ぬだけだ」と言っていたのが、漢方で症状が改善し、人生が変わったと大喜びされ、今では積極的にボランティア活動をしています。医者をやっていても患者さんから、「人生が変わった」とまで言われることは、なかなか少ないんじゃないでしょうか?
僕は現代医学と漢方は相反するものではないと考えています。現代医学に足りないのは生体システムとして全体を見るという視点、漢方がやっていることは基本的には患者さんのコンディショニング。医療と言うのは一般の方が思っている以上に不確かなもので、全面的に医療行為によって病気が治ったという例は、実はそんなに多くありません。薬を飲んで良くなったという人も、半分は飲まなくても自然に良くなるんです。元々人間には治る力があって、漢方は、そうした人間の持つ治る力を引き出しているだけ。漢方の真髄はコンディショニングを行い、患者さんの状態をいい方向に導くことだと僕は考えています。
つまり、漢方は患者さんの治る力を助けているだけなんです。基本的に漢方は、あらゆる疾患、あらゆる病人に適用できる、中でも全身の状態の異常が出て来る疾患が得意。なので、どこか特定の場所が腫れて痛いとかは実は得意ではないと思っています。
医師のプライドが漢方治療を阻む場合も
亀田総合病院のポリシーでもありますが、僕は患者さんのQOLを高めたいと思っています。満足な健康状態にならない患者さんを、漢方を使ってなんとか助けたいと思っています。
しかし、多くの場合、本当に必要な人にはなかなか届きません。より多くの患者さんを拾い上げるには、他科の医師の理解度が良くないと「漢方なんて」と言われてしまう。だから僕らなりに考えて漢方での著効例(薬が著しく効いた症例)を出そうと考えました。どれだけ効くかをデータとして示せば、紹介がどんどん来ると思ったんです。けれど、実際は逆で、著効例を出した途端に紹介がパタッと止まってしまいました。どういうわけか、漢方で治ったと患者さんから言われると怒り出す医師がいるんです。最初は全く予想外の事で混乱しました。多分プライドを傷つけてしまったんでしょうね。
亀田の医師は、そういう意味でのプライドはなく、むしろ担当する患者が治せないことに対して、医師としてのプライドが許さず苦しんでいる場合がほとんどで、自分が治せないのを治してくれるんだったら、どんどんやってほしいと思っています。自分の専門領域で可能な治療はすべてやっても限界が有ることはみんな理解している。だから自分の専門外の方法でも患者さんが良くなるのであればむしろ大歓迎というわけです。
僕が赴任してきた頃は、アンチ漢方の先生もいたんですが、最近は困った時は僕の所に相談に来るようになりました。著効例をデータとして見せて、漢方が効くことを示せば自然と活用しようと思うようになる、これは亀田の良いカルチャーだと思います。
患者さんが望めば、とりあえずやってみる
亀田には医師が400人、看護師は800人、その他スタッフも合わせると約2,000人います。敷地の近くにはホタルもいるし、房総沖も一望できて、自然も豊か、医療を学ぶにも実践するにも、もちろん治療するにも最適な環境だと思います。わりと遠くから通われる患者さんも多いですね。なによりペイシェントセンター(患者さん中心医療)を実践して、患者さんのために何が出来るか常に考えています。とりあえず思いついたら何でもやってみるカルチャーが根付いているんです。
患者さんが待っている間も飽きさせないように院内の装飾を専門に担当する専属のアートディレクターもいるし、ペットが心配で入院しないという患者さんがいたので、院内にペット預かり所を作ったり。
もちろん失敗もあって、以前院内にBARがあって、そこでは医師がOKすれば患者さんもお酒が飲めたんですが、意外と利用者が少なく、今はBARカウンターだけ残っています(笑)。望むなら可能な限りサービスを提供するけれど、だからといって媚びたりはしない、対等な関係を目指す所は医療機関としてはユニークだと思います。
医療法人鉄蕉会 亀田メディカルセンター
医院ホームページ:http://www.kameda.com/
南澤 潔(みなみざわ きよし)部長略歴
1991年4月 武蔵野赤十字病院 研修医
1993年4月 富山医薬大和漢診療科
1995年4月 諏訪中央病院内科
1996年4月 成田赤十字病院内科
1998年4月 富山医薬大和漢診療科
1999年4月 麻生飯塚病院漢方診療科
2001年4月 富山大学和漢診療科
2006年4月 市立砺波総合病院東洋医学科
2009年4月 亀田メディカルセンター 東洋医学診療科部長として着任
■資格
医学博士、日本東洋医学会認定漢方専門医・指導医、日本内科学会認定総合内科専門医・指導医、日本救急医学会認定救急科専門医
■所属学会他
日本東洋医学会、日本内科学会、日本救急医学会、和漢医薬学会