高齢者と漢方 Vol.4
世界でもっとも高齢化がすすんでいる日本では、高齢者の多剤併用や、残薬の多さなどが課題になっています。複数の症状を抱えることが多い高齢者の薬物治療は複雑で、一筋縄では解決できません。そうした中、安価で1つの薬剤が複数の症状に効果を示すことが少なくない漢方薬の存在価値が再認識されつつあります。高齢者医療における漢方薬の位置づけについて、東北大学大学院医学系研究科 漢方・統合医療共同研究講座 特命教授/東北大学病院 漢方内科 副診療科長の高山真先生にお話を伺いました。(村上和巳)
ウイルス感染症にも有効な漢方薬
――高齢者特有ではなくとも、高齢者が悩まされることの多い症状・疾患で漢方薬が有効に活用できる領域はありますか?
いま世間では、新型コロナウイルス感染症の問題一色です。意外に思われるかもしれませんが、実は漢方薬の使用歴が長いものの1つがこうしたウイルス感染症です。実際、それによりヒトが生き残り、漢方薬では薬剤耐性の問題も指摘されていません。
例えば喉の痛み、鼻水が出る、発熱があるといった症状があれば、細菌性あるいはウイルス性のいずれかの感染症を疑います。現在、細菌は迅速診断が可能ですから、マイコプラズマ、溶連菌、肺炎球菌などの疑いが否定されれば、ウイルス性と推定します。ただ、ウイルス性では、現在迅速診断が可能で治療薬があるのはインフルエンザくらいで、それも否定されると、大まかに言えば不特定多数のウイルスが原因の「風邪」という診断になります。「風邪」の原因微生物の約9割はライノウイルスやコロナウイルスといったウイルスであるという報告もあります。
こうなると症状を一時的に抑える対症療法で時間の経過による回復を待つことになります。この対症療法として医療機関で頻繁に処方されているのが総合感冒薬のPL顆粒やPL顆粒にも含まれる解熱鎮痛薬のカロナール(一般名・アセトアミノフェン)です。ただ、PL顆粒を服用すると副作用である眠気や倦怠感を感じることは少なくありません。また、カロナールは服用し過ぎれば重度の肝機能障害が発生するおそれがあります。
不特定多数のウイルスを原因とするものも含め、ウイルス感染症に対して漢方薬は非常に有効です。これは漢方薬に含まれる生薬には抗ウイルス作用、抗菌作用、抗酸化作用を持つものが少なくないからです。具体的には麻黄湯(まおうとう)、葛根湯(かっこんとう)、麻黄附子細辛湯(まおぶしさいしんとう)、桂枝湯(けいしとう)などが強い抗ウイルス作用を持っています。高齢者では、特に麻黄附子細辛湯、桂枝湯が向いています。
こうした漢方薬は、含まれている生薬の働きがウイルス感染症に伴う症状を改善するだけでなく、ウイルスに対する効果、生体に働く効果の相乗効果を示し、結果的に治癒を促進します。このようにウイルス感染症としての風邪には、漢方薬の使用が様々な観点から社会に福音をもたらすと思っています。
また、花粉症では症状改善のため抗ヒスタミン薬が処方されます。最近では薬局でも購入できますが、よく知られているように眠気などの副作用が起きやすく、自動車の運転が必要な患者さんにとっては好ましくありません。そのようなパフォーマンス低下が起こる可能性を承知して使わないと危険な薬です。
抗アレルギー作用を有する漢方薬は、花粉症の症状を改善させるうえに抗ヒスタミン薬のような眠気が起きないのが特徴です。ただ、抗アレルギー作用成分である甘草の主成分グリチルリチン酸は、過剰摂取、長期使用で低カリウム血症を引き起こすことがあるため1)、投与期間が長期にわたる場合は服用量などの調整が必要になります。
漢方薬にも副作用が 服用に注意する生薬は?
――漢方薬については、自然物から構成されているため副作用と無縁と考えていいのでしょうか?漢方薬の服用に伴う副作用について教えてください。
まず、漢方薬の副作用で最も注意しなければならないのは、既にお話しした甘草の過量服用による低カリウム血症です。低カリウム血症になると、血圧が上昇し、体に力が入りにくくなる、さらにひどい状況になると筋肉が痛くなるなどの症状が出ます。定期的な血液検査を行っていれば早期に発見でき、発生頻度は高くありませんが、知らぬ間に進行すると重篤になる危険があります。血中カリウム濃度が下がる可能性がある薬をほかにも服用している、食事量が少ないなど、カリウム摂取量が少なくなりがちな人は特に注意が必要です。
また、生薬の山梔子(さんしし)では長期間の服用で、大腸壁内から腸間膜の静脈に石灰化が生じて血流が阻害され、腸管が慢性的に虚血状態になることで右側腹痛、下痢、悪心・嘔吐、重症化すると腸閉塞を起こす腸間膜静脈硬化症が起こることがあるという報告があります。
その他にも附子(ぶし)は原料が有毒植物のトリカブトの毒性を弱めたものですが、口の中のしびれ、ピリピリ感を感じる、麻黄は動悸、前立腺肥大症がある患者さんで尿が出にくくなる「尿閉」になることもあります。
さらに生薬の黄芩(おうごん)は、肺から酸素が十分に取り込めなくなる間質性肺炎などの副作用も知られており、平成8年には緊急安全性情報が出されました。特に、黄芩を含む漢方薬「小柴胡湯(しょうさいことう)」はインターフェロンとの併用で間質性肺炎の発症頻度が高くなることから併用禁忌となっています。小柴胡湯の投与による間質性肺炎の発生頻度は低い2)ですが、注意が必要です。
また、生薬は原料が植物や鉱物などの自然物ゆえ、一定頻度でアレルギー反応による皮疹が出る患者さんがいます。ただし、医師が事前に患者さんの訴えなどを十分に聞いたうえで処方を行うことで回避は可能です。実際、私が漢方薬の処方に当たって、患者さんに必ずお尋ねすることがシナモンアレルギーの有無です。漢方薬で使われる生薬の桂皮はシナモンの一種なので、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)、苓桂朮甘湯といった「桂」が名称に含まれるものはシナモンアレルギーのある方には処方しません。
いずれにせよ漢方薬は症状が改善したら減量し、最終的には服用しなくて済む状態に持っていくことで、これらの副作用はおおむね防ぐことができます。
――漢方薬の場合、医療機関で処方される医療用以外にも市中の薬局で購入できる一般用漢方製剤もあります。この点で留意すべきことはありますか?
医療機関での処方ならば、問診の上でアレルギーの有無などもチェックして処方していることが通例ですが、薬局で一般用漢方製剤を購入する場合、原則は自己責任となります。その意味では不安な点も含め、必ず薬剤師に相談して購入するという習慣をつけていただきたいと思います。
漢方薬の服用に運動も取り入れ健康寿命を伸ばす
――補剤である程度回復したら「運動を」というお話でしたが、運動が漢方薬の治療に影響を及ぼすことはあるのでしょうか?
漢方医学では「血」のめぐりが悪いことを「瘀血(おけつ)」と言いますが、この症状にストレスが加わっている状態などでは、漢方薬の処方だけでは改善できないこともあります。
私は最近、瘀血のある患者さんには「瘀血を改善する桂枝茯苓丸などの漢方薬の効果が上がりにくいときには、ジョギングをしましょう」と言っています。実際、毎日あるいは1日おきに30分ジョギングをすると血流が促進されて「瘀血」に関連する症状が軽減します。そこに桂枝茯苓丸を一緒に内服していただくことで、より瘀血が解消される状態になります。
こうした運動の効果が認められやすいのは、漢方医学でいう比較的体力のある「実証」の人で「気・血・水」がたまる、「気滞(きたい)」、「瘀血」、「水滞(すいたい)」がある患者さんです。ジョギングをすると気・血が巡りやすくなり、汗をかくことで水滞が解消されるという仕組みです。
一方、体力がない「虚証(きょしょう)」の患者さんは運動をやりすぎると逆効果なので、補剤などを服用しながらの軽い運動をすすめています。基本的に「気・血・水」を巡らすためには、ロードーズかつ時間をかけた散歩などの有酸素運動が有効です。
また、高齢者で骨や筋肉が弱ってきた時はやや負荷をかけた運動を取り入れることが有効です。これは筋肉への負荷により成長ホルモンの分泌が促進されるからです。
常々私が患者さんにお話ししているのは「生きるということはトレーニング。トレーニングしていないと生きられなくなりますよ」ということ。「リハビリテーション」という言葉は多くの人にとって周知ですが、日本語に訳すると「もう一度能力を獲得する」という意味です。そもそも人は生涯リハビリテーションをしているようなもので、頑張ってスポーツをする、体を動かすことをしないと衰えるのだから、積極的に動いた方が良いということをお伝えしています。
超高齢社会である日本で健康寿命を延ばしていくためには、しっかり食べる、しっかり動く、しっかり休む、そこに少し西洋薬、少し漢方薬を取り入れて無駄な薬は使わないということに尽きるかと思います。そうすることで超高齢社会の医療費抑制にもつながると考えています。
- 参考
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- 医薬情報委員会 プレアボイド報告評価小委員会. 日薬病誌 2007: 43(9); 1171-1173
- ツムラ小柴胡湯エキス顆粒(医療用)添付文書
東北大学大学院医学系研究科 漢方・統合医療共同研究講座 特命教授/東北大学病院 漢方内科 副診療科長
2011年東北大学病院 漢方内科 副診療科長。2013年現在東北大学病院 総合地域医療教育支援部准教授。2019年から東北大学大学院医学系研究科 漢方・統合医療共同研究講座 特命教授