咳、顎関節症、眼瞼痙攣…漢方が有効な耳鼻咽喉科領域の意外な症状
比較的身近な印象の診療科といえる耳鼻咽喉科。花粉症や耳鳴り、めまいなどについてはこれまでも何度か取り上げてきましたが、今回は、比較的知られていない、意外とも言える耳鼻咽喉科領域の症状への漢方治療について、漢方薬を診療に多く取り入れておられる竹越耳鼻咽喉科医院 院長の竹越哲男先生にお話を伺いました。
耳鼻咽喉科での診察範囲とは?
「耳鼻咽喉科の診察領域は、大まかにいうと喉から上で鼻から下、耳よりも前方の範囲に起きる症状です。脳と眼を除く首から上、と言えます。喉が痛いとか、鼻水が出るといった症状の風邪や、のど・鼻に起因する咳などは、耳鼻咽喉科の守備範囲だと思われます」(竹越先生)
一方で、竹越先生は次のようにも指摘します。
「逆にいえば、熱やだるさ、体の痛みなど全身症状を伴う風邪は、対応可能ではあるものの耳鼻咽喉科の得意とするところではないでしょう。また、咳については、耳鼻咽喉科で診られる範囲がそもそも限定的で、かつ、基本的に西洋薬は効かないと考える先生も多いことから、咳を得意とする耳鼻咽喉科の先生は多くない印象です」(竹越先生)
耳鼻咽喉科領域での漢方薬、西洋薬の上手な使い分け方
「自然の生薬」「体にやさしく穏やかな効き目」というイメージを持つ漢方薬ですが、留意したい点もあります。耳鼻咽喉科治療における漢方薬、西洋薬の上手な使い分けとはどのようなものでしょうか。
アレルギー性鼻炎について
「漢方で治したいと希望される人もいますが、抗ヒスタミン剤やロイコトリエン受容体拮抗薬など、一般に使われる西洋薬のほうが効果は高いと思います。西洋薬にプラスして小青竜湯(しょうせいりゅうとう)や越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)などの漢方処方を使うことで、より効果を高めるという方法はありますが、基本、ファーストチョイスは西洋薬がいいでしょう」(竹越先生)
感染症(細菌感染)について
「主に溶連菌による扁桃炎はペニシリン系抗生物質を飲めば、ほぼ1日で痛みが治まります。副鼻腔炎や中耳炎なども明らかに細菌感染によるものであれば、ファーストチョイスは抗生物質一択でしょう。そのうえで、さらに治りを早めたい場合には、漢方薬の併用が有効です。例えば、扁桃炎では、小柴胡湯加桔梗石膏(しょうさいことうかききょうせっこう)や黄連解毒湯(おうれんげどくとう)など炎症を抑える処方を追加すると治りがいいケースがよく見られます」(竹越先生)
後鼻漏について
「新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)後の後鼻漏(※)を訴える方が増えています。COVID-19の検体を採取する上咽頭(鼻の奥)はウイルスが増殖しやすく、炎症が残りやすいため、分泌物が増え、それが後鼻漏につながるとされています。
こうした後鼻漏については西洋薬での対応は困難で、炎症を抑える生薬を含む柴朴湯(さいぼくとう)と分泌物の切れを良くする辛夷清肺湯(しんいせいはいとう)の併用で良好な治療結果が得られています」(竹越先生)
(※)分泌物が鼻の奥から喉に流れ落ちていく症状。痰が絡んでいる状況と脳が誤認して不快感を覚えるほか、咳や不眠などを併発することも。
咳、顎関節症、しゃっくり、眼瞼痙攣に有効な漢方治療とは
『西洋薬の治療だけではなかなか効果が上がらない』、そんな思いから漢方医学の門を叩いた竹越先生。治療選択のアプローチが増え、さまざまな病気の治療で効果を上げられています。特に西洋薬では効果が得られにくい症状への対処について、先生のご経験をもとにご紹介します。
CASE1 咳に効く漢方
「これまでの経験上、咳の治療に西洋薬はあまり効かない、コデイン系のお薬以外はあまり効果がないという印象です。そこで耳鼻咽喉科医として、咳の治療にはほぼ漢方を用いています。タイプに合わせた処方を選ぶことで患者満足度の高い治療ができていると感じています」(竹越先生)
- タイプ1 痰が絡んだ咳(湿った咳)
- 「当院に来られる咳の患者さんの約9割と、ほとんどの方がこのタイプです。後鼻漏でもお話したように、痰という分泌物が増えるのは炎症が起きているからで、併せて喉のイガイガ感を訴える人も多い印象です。こうした咳には炎症を抑えて分泌物を減らし、乾燥させる働きのある柴朴湯と五虎湯(ごことう)の併用が有効です」(竹越先生)
- タイプ2 喉が渇いて出る咳(乾燥した咳)
- 「来院される咳の患者さんの1割程度の方はこちらのタイプ。痰が出ずに喉が乾燥して咳が出ることから、潤わせて咳を止める作用のある麦門冬湯(ばくもんどうとう)を用います。当院では同処方に、柴朴湯や神秘湯(しんぴとう)を併用することで効果を上げています」(竹越先生)
- タイプ3 咳をしてはいけない状況で出る咳(メンタル系の咳)
- 「意外に多くの方が経験されていると思いますが、電車の中など『今、咳をしてはいけない』と咳を抑えようと意識するほど喉がムズムズして出てしまう、そうした咽喉頭異常感類似症状から生じる咳に対しては、メンタルに起因する咳などに効果のある柴朴湯か半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)に、五虎湯か麦門冬湯を合方するのが有効です」(竹越先生)
- タイプ4 夜寝られない咳(夜間不眠の咳)
- 「夜、咳が出て寝られないという患者さんも結構いて、そうした場合は竹如温胆湯(ちくじょうんたんとう)を用います。名前のとおり、胆(きも)を温めて気持ちを落ち着かせて、咳止めに有効な成分も含んだ処方です」(竹越先生)
CASE2 顎関節症に効く漢方
「顎関節症のおもな原因のひとつに、ついつい歯を噛みしめてしまう『Tooth Contact Habit (TCH)』(歯牙接触癖)があります。こうした癖のある方は、あごの筋肉に負担がかかって顎関節症を発症しやすいと言えます。耐え忍び歯を食いしばって頑張っている方が多く、顎関節症の患者さんを診察した際、「夜、寝ているときに歯ぎしりするとご家族から言われませんか?」「頑張りすぎてストレスがたまっていませんか?」など聞くと、「先生、なぜ分かるんです!?」という反応が来ることも珍しくありません。こうした心因性の顎関節症には、メンタルの安寧に作用する抑肝散(よくかんさん)や抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんちんぴはんげ)に加え、やはり顎関節の負担により関節痛が起きていることから関節痛に効く桂枝加苓朮附湯(けいしかりょうじゅつぶとう)の併用で治る方が多いです。
また、硬いものを噛み続けたり、歯科治療などで長時間開口するなど物理的な要因のケースあります。その場合は捻挫や打撲に効く治打撲一方(ぢだぼくいっぽう)を使い、併せて桂枝加苓朮附湯を用いることもあります」(竹越先生)
CASE3 しゃっくりに効く漢方
「私自身の経験はあまりないのですが、呉茱萸湯(ごしゅゆとう)か半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)の使用で比較的治ります。はっきりした作用機序は不明ですが、しゃっくりを、『ひっく↑』という、気が上がり正しく流れていない(気逆)状態と考えると、気を正しい方向に流す半夏という生薬を含んだ処方は理にかなっていると思われます」(竹越先生)
CASE4 眼瞼痙攣に効く漢方
「眼瞼痙攣は自分の意志に反して瞼がピクピク動くなどの症状が現れる病気です。おもな原因は筋肉の異常興奮とされ、背景にはストレスによるイライラなど、精神的な要因の存在が知られています。また、眼瞼痙攣は特に女性に多いという特徴もあります
こうしたことから、筋肉の働きやメンタル面の安定に関わる肝(かん)の働きを整える処方を選びますが、女性の場合は、女性のイライラや気分の不安定に効果を表す加味逍遙散(かみしょうようさん)がファーストチョイスです。このほか、抑肝散や抑肝散加陳皮半夏、釣藤散(ちょうとうさん)を用いることもあります」(竹越先生)
(取材・文 岩井浩)
竹越耳鼻咽喉科医院 院長