Vol.2 40代以降の冷えと漢方 ~自覚のない「隠れ冷え」に要注意~
東洋医学では体の冷えを治すべき病気としてとらえること、そして冷えは胃腸の働きを低下させ、多くのトラブルを引き起こす「万病のもと」であること、などを教えていただきました(Vol.1参照)。一方、手足が温かい人でも、気がつかないうちに体の芯が冷えてしまっている「隠れ冷え症」の人が増えているといいます。更年期を迎える40~50代女性や、働き盛りの男性にも多いというこの病態について、引き続き、修琴堂大塚医院院長の渡辺賢治先生にお聞きします。
暑がりだと思っていたら、実は冷え症⁉
冷え症と聞くと、「手指が冷たくてかじかむ」「足先が冷えて寝つけない」といった状態を思い浮かべますが、実はそれだけではありません。病院に行くほどではないけれど、いつも体がだるい、肩こりや頭痛がひどい、便秘や下痢を繰り返す……そんな慢性的な不調を感じるときも、体の冷えを疑ってみたほうがいいと渡辺先生は話します。
「自分では気づきにくいのですが、さまざまな不調の原因が『実は冷えだった』という人はとても多いです。冷えの自覚はなく、むしろ『手足や顔がほてって仕方ない』『暑がりですぐ汗をかく』と訴える人に限って、診察するとお腹がすごく冷たかったりします。Vol.1でお話ししたタイプでいうと『お腹が冷える人』ですね。手足や体の表面は温かいまま内臓だけが冷えるため、ほかのタイプと違って冷えに気づきにくい傾向があります。ちなみに漢方の用語で言うと、これは『真寒仮熱(しんかんかねつ)』という状態。江戸時代から、診察でも鑑別が難しいと言われていたようです」(渡辺先生)
冷えを自覚している場合はまだよいのですが、自覚のない隠れ冷え症のほうがやっかいだと渡辺先生は指摘します。手足が温かいから大丈夫と、そのまま体を冷やす生活を続けていると、ますます冷え症を悪化させてしまうからです。
「冷え」が隠されてしまう原因は?
本当は体の中が冷えているのに、手足や顔がほてっているので、自分は冷えていないと勘違いしてしまう、つまり“冷えが隠されてしまう”という状態の原因には「自律神経の乱れ」があると渡辺先生は説明します。
「血流の低下やエネルギー産生が不足して体が冷えると、深部体温(脳や内臓などの温度)が低下しないよう体の表面からの熱の放散を防ぐため、手足や顔面にある血管が収縮し、末端への血流量が減って手足の冷えにつながります。これが、冷えに対する自律神経の体温コントロール調整機能です。しかし、不規則な生活を送っていたり、過度のストレスにさらされたりして自律神経のバランスが崩れると、この血管の収縮・拡張機能が十分に働かなくなります。すると、内臓が冷えていても、手足の血管は収縮せずに熱を放出し続けるため、温かく感じる。これが“自分は冷え症ではない”と勘違いしてしまう原因です。手足がほてっていると冷えとは無縁だと思いがちなのですが、実はそれこそが『隠れ冷え症』のサインかもしれません」(渡辺先生)
また、このほかに考えられる原因として、更年期~高齢の人に多い「冷えのぼせ」も無視できないと渡辺先生は続けます。
「冷え症をずっと放置し、悪化した状態が『冷えのぼせ』です。血行不良やエネルギー不足が続き、冷えが進むと、体は危険を察知します。すると、体の中でいちばん大切な臓器『脳』の血流を維持するため、頭部に血液が集まるのです。こうして、手足はとても冷えているのに、顔のまわりだけ熱くなる=冷えのぼせ、という状態になります。顔が熱くほてり、口が乾くので、氷をたくさん食べているのだけど、一向にほてりが収まらない……という患者さんが多いのですが、診察してみると手足がとても冷たい。そういうときは『本当は冷えているんですよ』と説明して、体を温めてあげると改善することが多いのです」(渡辺先生)
実は男性にも「隠れ冷え症」の人が多い
月経の周期や更年期などの関連から“冷えは女性のもの”という風潮がありますが、実は男性にも「隠れ冷え症」の人がたくさんいる印象だと渡辺先生は言います。
「この前も、頻尿で困っているという60代の男性に、体を温める効果のある『八味地黄丸(はちみじおうがん)』を処方し、冷たいビールを控えるように言ったら、すぐに症状が改善しました。こんなふうに、自分が冷えているという実感のないまま、さまざまな不調を訴えて受診する男性は多いです」(渡辺先生)
隠れ冷え症の主な原因は、前述の通り「自律神経の乱れ」。働き盛りの男性の生活には、内臓を冷やす、そして自律神経を乱してしまう習慣がたくさんあるようです。
「仕事が忙しく、食事や睡眠の時間がバラバラになりがちで、ストレスも抱えている。冷たい飲み物やお酒をよく飲み、タバコも吸う…このような男性は、体内が冷えていると思って間違いありません。ただ、男性の患者さんはなかなか自分の冷えを認めたがらないんですよね。強がりというか、見栄っ張りというか」と渡辺先生は微笑みながら話します。「一見すると冷え症とは無縁のように見える人でも、なかなか取れない肩こりや倦怠感、胃腸・肝臓・腎臓の不調などが出ている場合は、内臓に冷えが潜んでいる可能性があると考えてほしいです」(渡辺先生)
自覚がない人が、自分の冷えに気づくためには?
体内は冷えているものの、手足や顔は温かい…こうした自覚のない「隠れ冷え症」の場合、自分の体が冷えていることにどうやって気づけばよいのでしょうか。いちばん簡単なのは、「体温を測ること」「体に触れてみること」だと渡辺先生はおっしゃいます。
「体温を測る習慣がない人もいると思いますが、ぜひ毎日測ってみてください。代謝や血流が悪ければ体温は低くなるので、ひとつの目安になると思います。病気を寄せつけない健康体を目指すなら、平均36.5℃以上はほしいところ。それに満たない人は、体内が少し冷えていると思ってください。
また、顔がほてっている人(冷えのぼせの人)は、自分の手足の冷たさに気づけない傾向があるので、家族や友人など誰かに触ってみてもらうのがいいかもしれません。そして、手足がほてる人は、自分の手で自分のお腹を触ってみましょう。手より、お腹のほうが冷たく感じる場合は、内臓の温度が下がっていることが多いです」(渡辺先生)
以下、「隠れ冷え症」の人の特徴を渡辺先生に伺いました。手足が冷たくない人も、あてはまる項目が多い場合は「隠れ冷え症」の可能性が高いと言えるでしょう。
「隠れ冷え症」の人の落とし穴
- 冷たい飲み物やカフェインを含む飲み物をよく飲む
- アイスクリームや甘いお菓子が好き
- 部屋の中では靴下を履かない
- 手足や顔がむくむことが多い
- 睡眠時間が不規則になりがち
- 人より薄着だと思う
- 冬でも手足がほてる
- ストレスが多い環境にいる
- 便秘や下痢になりやすい
- 月経痛がひどい
- いつもだるい、疲れやすい
- 風邪をひきやすい
冷えを「未病」のうちに治すことが大事
仕事に家庭に何かと忙しい40代以上は、不規則な生活や栄養バランスが偏った食事、ストレスなどで自律神経が乱れ、冷えやすい状態にあります。そして知らず知らずのうちに隠れ冷え症になってしまい、気づかないまま冷えが進行してしまうことが多いので、まずはしっかり自分の体の状態を把握することが大切だと渡辺先生は話します。
「病気になる前の段階=未病のうちに治しておく、というのが東洋医学の考え方です。Vol.1でも話した通り、冷えは『万病のもと』。いま自分の冷えに気づき、少しずつでも改善できれば、将来かかる可能性のある病気を防ぐことにつながります。冷えの改善には、血流をよくして、体の芯から温め、自律神経を整える生活習慣を心がけることが基本です。ぜひ、未来の自分のために、できることから始めましょう」(渡辺先生)
渡辺賢治(わたなべ・けんじ)先生
修琴堂大塚医院院長
慶應義塾大学医学部漢方医学センター長、慶應義塾大学教授を経て2019年より修琴堂大塚医院院長、慶應義塾大学医学部客員教授。