前編:月経痛・過多月経…未病の本質を見極め漢方でアプローチ
女性のライフサイクルと切っても切れない「月経」。しかし、「自分には月経痛があるのが当たり前」「痛みは鎮痛薬で乗り切れるから大丈夫」「月経量が多いけど夜用ナプキンをつければ安心」という女性は多いのではないでしょうか。
「本来、月経は不快でないもの。自分の体を知るために、自分の月経をよく観察してほしい」。そう話すのは、高円寺にある窪田クリニックの副院長・下村貴子先生。
前編では月経に現れる未病のサインと、漢方治療の特徴について伺いました。
症状のみならず不安の解消までも目指すのが東洋医学
婦人科診療に漢方治療を取り入れている下村先生。医師になりたての頃は、「西洋薬をメインに使用する産婦人科医でした」と振り返ります。しかし、2011年に起きた東日本大震災によって自身の価値観に変化が起きたこと、2012年の大阪・センプククリニックの千福貞博先生による講演で漢方に出会ったことで東洋医学の考え方に興味を持ちます。
その後、母校の東京医科大学にて東洋医学の診療の研鑽をつみ、病気を治すだけでなく、患者さんの不安までを解消することを目指す診療スタイルにたどり着いたといいます。
『未病』の段階で対処できるのが漢方薬の特徴
西洋医学は血圧や体格、血液など、体の状態を数値でとらえ、評価し、病気が見つかった場合は手術や薬によって治療します。一方、東洋医学で重視するのは自覚症状です。
「検査では異常がないけれども調子が悪い、という『未病』の段階で漢方医療を取り入れれば、症状が長引くことを予防できる病気も多い」と漢方の有用性を強調する下村先生。
気をつけるべき不調のサインはどこに出るのでしょうか。
「主に食欲、睡眠、便や尿の異常、汗、暑さや寒さの感じ方、そして、女性の場合は月経です。自分のコントロールの及ばないところに不調が出たときが不調のサイン。月経周期、月経痛、月経量、血の色、血の塊が出る、などに今の自分自身の体調が素直に現れます。
例えば、体が冷えていたり、血の巡りが悪かったりすると黒っぽい血の色に。血が不足している時はきれいな明るい赤い血の色に…など。サインが出たときに漢方薬と養生で早めに対処することが大切です。西洋医学的に異常がみとめられなかった場合でも未病の状態に慣れるのではなく、漢方治療も行っている婦人科医へ相談するとよいと思います。月経異常の原因がわかるかもしれません」
このような“月経痛や月経過多、貧血などのつらい症状があって受診したものの、検査をしても子宮や卵巣に異常がみられない”というケースでは特に漢方を利用することで改善に向かうことが多く、重い症状でも西洋薬と併用することにより、より高い効果を発揮することができます。
「産婦人科でよく使う漢方としては、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)、加味逍遙散(かみしょうようさん)、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)が挙げられます。使用頻度が最も高い『婦人科三大処方』と呼ばれるものです。冷えやむくみを認める場合は、主に当帰芍薬散、不安・緊張・イライラなど精神症状が強い場合は加味逍遙散、冷えやのぼせを認める場合は桂枝茯苓丸、と使い分けています。
三大処方以外でも、桃核承気湯(とうかくじょうきとう)、女神散(にょしんさん)、抑肝散(よくかんさん)、安中散(あんちゅうさん)、芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)、温経湯(うんけいとう)、当帰建中湯(とうきけんちゅうとう)、柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)、帰脾湯(きひとう)、加味帰脾湯(かみきひとう)、四物湯(しもつとう)、芎帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう)も比較的よく使います。まずはこれらを『標治』で使用しながら、『本治』も心がけて診療しています」
当帰芍薬散 | 冷え・むくみ | 血を補い、血を巡らす 体液分布の改善など |
---|---|---|
加味逍遙散 | 不安・緊張・イライラ | 主にストレスを緩和する |
桂枝茯苓丸 | 冷え・のぼせ | 主に細かな血流の改善 |
対症療法で済まさず、症状の根本原因を見極めた漢方治療を
『標治』とは、東洋医学でいう対症療法のことで、今ある症状を一時的または継続的に緩和する目的で行う治療のことを指します。一方、『本治』とは、病気の根本的な治療を意味します。
「中医学では“病を治すには必ず本を求む”といわれています。病気を治療するためには、本質を探求しなければならないという意味です。つまり対症療法のみ行っていても病気の治療にはなりません。不調の原因は、年齢的なもの、生活におけるストレス、気候の変化や土地の風土などさまざまです。その中でも短期的に失調した場合には『標治』を行い、数年〜数十年単位で時間をかけ徐々に失調してしまったような場合には『本治』も合わせて治療を行います。
例えば急激な気温低下で、寒さが体内に入り込んだ場合の月経痛には安中散、ストレスが持続して胃腸が弱っているような場合の月経痛には柴胡桂枝湯など、同じ月経痛でも原因が異なれば、服用する漢方薬も変えて治療を行うということなのです」
漢方薬ならではの治療を婦人科で行う
「東洋医学では『気(き)』『血(けつ)』『津液(しんえき)』が人の身体を構成する基本的な要素だと考えます。津液は一般的に『水』(すい)と呼ばれ、ここでも以後『水(すい)』と呼びます。『気』は生命活動を行うもの、『血』は脈管の中を流れて全身に栄養を運びます。『水』は身体の中にある『血』以外の水分です。汗や涙として存在するほか、粘膜(消化管や膣)など身体のあらゆる部分を潤します。
そしてこの『気』『血』『水』は『精』によって働いています。『精』によって人は成長し、活動することができます。
また五臓六腑とは、東洋医学でいう内臓のことです。単なる名称を指すのではなく、働きや働くことで起こる現象を示します。臓腑は『臓』と『腑』に分かれ、肝・心・脾(ひ)・肺・腎をまとめて『五臓』と言います。『臓』は気や血、栄養素など体に必要なものを生成し、貯蔵する器官です。一方、胆・胃・小腸・大腸・膀胱・三焦(さんしょう)*を『六腑』といいます。口から入った食べ物は消化され、必要なものは体に吸収されたのち、不要なものが尿・便として排泄されます。その通路となる消化管のことを『腑』といいます。
これらの『気』『血』『水』『精』の不足や過剰、体に帯びた熱、冷えなどが原因となって臓腑は変調します。そしてどれかひとつの臓腑に変調が起こればほかの臓腑も影響を受け変調します。こうして徐々に身体のバランスが崩れ、『未病』となり、持続すると病気をもたらします。
例えば、月経痛が起こり始めた頃は病気ではなかった場合でも、バランスが崩れ始めたことに気がつかないまま数十年経過すると病気になってしまうことがあります。東洋医学では子宮筋腫や子宮内膜症は『血』の巡りの悪さと関連すると考えます。そのため、たとえ小さい子宮筋腫があったとしても、経過観察だけではなく、病気が生じてしまった原因を考え、早い段階で心と身体の状態を整え、将来発症するであろう病気を予防する必要があると考えます。
女性を診る婦人科だからこそ病気の治療だけではなく、患者さんのバックグラウンドに隠れている身体のバランスの崩れ(気・血・水・精や五臓六腑の変調)を整える必要があるのです。時間は少しかかりますが、その分気づきは多く、ゆっくりと自分自身を知ることができます。西洋薬も漢方薬も一長一短。その時々によって、患者さんの状況に合わせて使い分けていくのがよいと思います」
そのために漢方外来の初診では1時間かけて丁寧に話を聞き、患者さんの不調や不安について本人の自覚以外の病気を見落とさないためにも、さまざまな角度から質問し注意深く探るといいます。
後編では、自分の月経について客観的に判断する指標と、日々の養生について、引き続き下村先生にお話を伺います。
*三焦:胸部(上焦)・腹部(中焦)・胃の下部(下焦)の総称。あるいは気や津液の輸送路としての役割を担う。
プロフィール
下村 貴子 先生
日本産科婦人科学会認定 産婦人科専門医、母体保護法指定医、日本東洋医学会認定漢方専門医。