いまづ先生の漢方講座 Vol.4 何軒も医療機関を受診した女性
「頭のてっぺんから、足の先まで」をモットーに、外科医としての経験も活かしながら、さまざまな症状に悩む患者さんの診察にあたっている今津嘉宏先生。シリーズ「いまづ先生の漢方講座」では、多くの人が気になる病気や症状に対する漢方薬の使い方について、実例を挙げながら解説していただきます。
Case4何軒も医療機関を受診した女性
コロナウイルスのお陰で、自分の健康に関心を持つようになった方も多いと思います。仕事優先だった生活から、免疫力を維持し体調を整えることの大切さを日々考えるようになったのではないでしょうか。非常事態宣言は解除されたとはいえまだまだ心の不安が続く梅雨の季節、窓を開けると熱気と湿気が一気に入ってきます。その日いらっしゃったのは、40歳代後半の女性です。
近くの内科や大学病院で何度か診ていただいたのですが、良くならないんです
みなさんの中にも、不快な症状で何軒か受診したものの、なかなか治らなかったという経験をお持ちの方がおられると思います。
胃カメラも大腸の検査も、異常はないということでした
少し良くなったと思うと、また、おかしくなることが続きます
友人の紹介で、何とかならないものか、と来た次第です
こちらから話を遮らない限りは、ずっと病状を話し続けてしまう様子でした。これまでの大変さを労いつつ、処方された薬についてお伺いすると、お薬手帳をとりだして見せてくれました。
最初の診療所からは、ビフィズス菌の整腸剤が2週間、その後、過敏性腸症候群治療剤のポリカルボフィルカルシウムが4週間分処方されていました。
次の大学病院では、下痢止めのロペラミド塩酸塩と下痢型過敏性腸症候群治療薬のセロトニン受容体(5-HT3)拮抗薬が4週間分処方されていました。その間に、上部消化管内視鏡検査と下部消化管内視鏡検査を受けておられました。
最近は、大学病院から下痢止めをいただいていますが、少し便が硬くなる程度で、まだ、日に数回はトイレへ行きます
ここまで話を聞くと、診察を担当した医師の困った顔が目に浮かんできました。
私の病気は治らないんじゃないかと心配になり、親のすすめで鍼灸院を訪ねてみました。鍼灸のお陰で良くなってきていた矢先、コロナウイルスの影響で通えなくなってしまい、お腹の調子は悪いままです
悪い病気なんじゃないかと、不安で不安で…
女性の診断
自分の体調を医師へ伝えるとき、「お腹の調子が悪い」と表現すると、下痢なのか、便秘なのか、腹痛なのか、わかりません。胃の調子が悪いときにも、お腹の調子が悪いと表現する方がいらっしゃいます。自分自身はわかっているけれど、それを言葉でうまく表現できない方も多いと思います。そんなときは、名詞をいくつか並べると良いでしょう。例えば、「食後、みぞおちのあたり、痛みあり」「数日前から、下痢、1日数回」といった具合です。
日本消化器病学会の過敏性腸症候群ガイドラインに沿って考えると、大腸内視鏡検査で異常がなく、血液検査や尿検査なども問題がない場合、RomeIII基準で診断を行い、第一段階の治療を行い、症状の改善がありませんので次の段階の治療へすすむ必要があります。
女性の治療
みなさんが「お腹の調子が悪い」ために、医療機関を受診したとします。担当する医師へ自分の症状をうまく伝えることができたら、病気が半分治ったと考えてもよいでしょう。大まかな診断名がつくと、さまざまなガイドラインに照らし合わせて検査が組まれ、治療へすすんでいきます。
ガイドラインによる医療は、日本全国で誰でも標準的治療が受けられるメリットがあります。担当した医師が、診療経験が浅くても、専門医でなくても、正しい治療へ導いてくれます。
さらに大切なのは、あなた自身が、どうして「お腹の調子が悪い」状態になったのか、そして今後、同じ状態になったらどうすればよいのかを理解することです。
体調の変化は人それぞれ、千差万別です。健康を保つためには、自分の体の変化にどう対処すればよいかを知ることも重要です。体調を崩したときこそ、自分の体を理解するチャンスです。担当する医師へ、病気の説明だけでなく、今後どう対処するべきかも確認するとよいでしょう。
この女性には、丁寧に病状をお聞きし、これまでの治療が間違っていなかったこと、検査の結果の解釈などをゆっくりお話しさせていただきました。
下痢の治療
「患者さんとご家族のための過敏性腸症候群(IBS)ガイド」には、漢方薬は経験的に有効であることがわかっていること、腹痛の改善に桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)、便秘型には大建中湯(だいけんちゅうとう)が広く用いられていることが記載されています。しかし、下痢型の治療に適した漢方薬については記載がありません。
桂枝加芍薬湯は、芍薬(しゃくやく)、桂皮(けいひ)、大棗(たいそう)、甘草(かんぞう)、生姜(しょうが)で構成されています。こむら返りなど筋肉の攣縮(痙攣して収縮すること)を緩和する芍薬甘草湯が含まれていますので、腸管の攣縮に伴う腹痛にも有効であることが理解できます。大建中湯は、乾姜(かんきょう)、人参(にんじん)、山椒(さんしょう)、膠飴(こうい)で構成されています。温度感受性チャネルTRP A1とV1を刺激し、筋肉を収縮し血流を増加することで、腸管蠕動を亢進させます。
一方、下痢型には、半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)がおすすめです。半夏瀉心湯は、半夏(はんげ)、黄芩(おうごん)、乾姜、人参、甘草、大棗、黄連(おうれん)で構成されています。つまり、桂枝加芍薬湯の構成生薬である甘草と大棗、大建中湯の乾姜と人参が含まれています。黄芩に含まれるバイカリンは、解熱作用、胆汁分泌を促進する利胆作用、抗ウイルス作用、抗アレルギー作用、抗炎症作用などがあります。黄連に含まれるベルベリンには、抗菌作用、胃液分泌作用、止瀉作用などがあります。つまり、腸内細菌を調節するだけでなく、消化液を調節する作用があることが、半夏瀉心湯が下痢型にうってつけである理由です。
芝大門いまづクリニック院長
藤田保健衛生大学医学部卒業後に慶應義塾大学医学部外科学教室に入局。国立霞ヶ浦病院外科、東京都済生会中央病院外科、慶應義塾大学医学部漢方医学センター等を経て現職。日本がん治療認定機構認定医・暫定教育医、日本外科学会専門医、日本東洋医学会専門医・指導医、日本消化器内視鏡学会専門医・指導医。