新型コロナウイルス感染症に漢方薬はどのように役立つのか〜横浜薬科大学・渡辺賢治特別招聘教授らの特別寄稿論文より〜
週刊日本医事新報(4月18日発行)へ緊急寄稿
新型コロナウイルス(COVID-19)が世界的に猛威を振るっています。日本でも、4月7日に緊急事態宣言が発令されましたが、感染者はすでに1万5千人を超え、600人を超える死亡者が出ています。
国内の新型コロナウイルスの治療薬としては、エボラ出血熱治療薬として開発された「レムデシビル」が重症患者を対象に承認されました。さらに、インフルエンザ治療薬として開発された「アビガン」も承認申請中ですが、現段階では新型コロナウイルスに対する治療法は確立されているとは言えない状況です。こうした状況を受け、横浜薬科大学特別招聘教授の渡辺賢治先生らが「新型コロナウイルス(COVID-19)に対する漢方の役割」というテーマで週刊日本医事新報(5008号/4月18日発行)へ緊急寄稿されました。
渡辺先生は寄稿の背景について、「感染拡大が見えてきた中で、海外赴任中の人や、帰国者家族を有する人、基礎疾患を有する人から漢方治療について尋ねられる機会が多くなった。海外の専門家から送られてきたCOVID-19に対する伝統医療のガイドラインをふまえ、わが国において、漢方医学がCOVID-19対策としてどのようなことができるのかについて考察したい」としています。
ここでは漢方薬が新型コロナウイルスに対して、どのような役割を果たせるのか、論文をもとに、渡辺先生らの見解を簡単に紹介していきます。
ハイリスク患者の感染予防と軽症患者の重症化予防に
今回の新型コロナウイルス感染症に対し、各国で伝統医療が積極的に活用されています。特に中国では、政府が主導して積極的に伝統医療を用いるよう指導、「清肺排毒湯」という新たな処方も開発されました。10省57病院で確認されたCOVID-19患者701例に対しての治療成績によると、130例が治癒・退院し、51例は症状が消失、268例は改善、212例は悪化しなかったとされ、結論として「COVID-19治療に優れた臨床効果を持つ」として開発の経緯が記載されています。政府が主導する伝統医療に対して、医師も患者も抵抗がないという背景からも、国民の伝統医療に寄せる信頼の厚さがうかがえると渡辺先生らは述べています。
では、日本においてはどうでしょうか。
渡辺先生らは「重症化した患者の治療を漢方で行うのは現実的ではない」としながらも「1:ハイリスク患者の感染予防」「2:軽症患者の重症化予防」としては貢献できるのではないかとしています。
1のハイリスク患者の感染予防については、漢方の治療で最も重視する「未病の治療」があたるとし、「黄帝内経」の説く「気を増す」、すなわち生体防御能を増す役割を担うといいます。
まず、正しい食事や適度な運動、十分な休養という日々の「養生」が何より大切です。具体的には、体を冷やさないような服装、冷たい飲み物・食べ物を避けることで体を温めること、防御機能の要となる胃腸を守るために暴飲暴食を避けることです。
その上で、高齢者には「気を増す」補中益気湯(ほちゅうえっきとう)や十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)、人参養栄湯(にんじんようえいとう)などを考慮し、胃腸機能が弱っていれば、四君子湯(しくんしとう)、六君子湯(りっくんしとう)、茯苓飲(ぶくりょういん)などを用いるのがよいとしています。また、感染リスクの高い医療従事者には補中益気湯を勧めています。
2の軽症患者の重症化予防については、「感染徴候が少しでもあったら、ごく初期の症状を見逃さずに早めに葛根湯(かっこんとう)、麻黄湯(まおうとう)を服薬すること、熱産生が弱い高齢者は麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)がよい」としています。一方で、発熱が認められた場合は柴葛解肌湯か柴陥湯(さいかんとう)、生薬治療が可能であれば中国で既に効果が実証されている清肺排毒湯を処方するのがよいとしています。
しかし、日本で漢方薬を感染予防や重症化予防に活用するには、課題があるのも事実です。論文では、煎じ薬を服用するための煎じパックの活用や、初診オンライン診療の導入、予防に対する保険漢方薬処方の規制緩和や政府による生薬の確保などを具体的に提案しています。
ウイルスの種類を問わない漢方薬の効果
漢方治療の標的はウイルスそのものではなく,ウイルスを攻撃する生体防御能を向上することにあります。そのため、新興感染症が起きた際に、ウイルスの種類を問わず最前線の薬として活用できると考えられます。また、そこで時間が稼げればワクチンの開発が間に合う可能性もあります。「本稿執筆時点で大都市圏ではCOVID-19のオーバーシュートが間近に迫っている。中国、台湾、韓国における感染制御にどの程度伝統医療が貢献したかは現在は明らかではないが、その成果の発表を待たずにわが国でも漢方の活用を考えるべきではないだろうか」と渡辺先生らは結んでいます。