漢方医学を取り入れて、「未病」で対処し健康寿命を伸ばす
「和漢薬の資源、品質管理、作用機序、臨床研究などについて科学的視点から最新の知見を討議し、基礎と臨床の橋渡しをすること」を目的に掲げる和漢医薬学会。その第36回学術大会が2019年8月に富山県で開催されました。同大会では、一般の方にむけて市民公開講座を開催。富山大学和漢医薬学総合研究所教授の柴原直利先生が「健康と漢方」に関して講演しました。
「健康」とは身体だけでなく精神的、社会的にも良好な状態のこと
「健康」という言葉の語源は、中国の古典『易経』にある「健體康心(けんたいこうしん)」、つまり「健やかな体(體)と康らかな心」に由来すると言われ、日本では、福沢諭吉が『学問のすすめ』で「健康」という語を使用したことから普及したとされています。
世界保健機構(WHO)は、健康を「肉体的、精神的および社会的に完全に良好な状態であり、単に病気あるいは虚弱ではないということではない」と定義しており、超高齢社会となった日本では、介護が必要ない、元気に自立して過ごせる期間である「健康寿命」を伸ばすための取り組みが急務となっています。
漢方医学で昔から重視されてきた「未病」
漢方医学には昔から「未病」という考え方があります。漢方医学の考え方では、健康とは、とても健康な状態からあまり健康とは言えない状態までが連続していて、健康の程度が低下することが病気につながるととらえます。その病気の発症に至る前の状態、つまり「未病」の段階で適切な治療を行おうというのが、漢方医学の考え方です。
では、漢方医学では「未病」にどのように対処するのでしょうか。柴原先生は、漢方医学の診断法のひとつ「気血水(きけつすい)」について解説しました。気血水とは、人間の体は、気・血・水の3つの要素が体内を過不足なく循環することによって維持されるという考え方です。「気」は、生命活動を営むエネルギーのことです。「血」は、その名の通り主には血液を指し、全身を巡ってさまざまな組織に栄養を与えるものです。「水」は、血液以外の体液全般を指します。水分代謝や免疫システムなどにかかわっているのが「水」です。漢方医学では、この気血水に過不足が生じたり、巡りに異常が起こることで、さまざまな症状があらわれると考えます。
生命活動を営むエネルギー「気」の異常に対処する漢方
形がなく、目に見えない「気」は、全身をめぐって臓器に栄養を与えたり保護をして、生命維持の役割を果たしています。この「気」に異常が起こると、気を作る力が弱くなったり消耗して気の量が不足した「気虚(ききょ)」の状態や、気のめぐりが逆行した「気逆(きぎゃく)」、気のめぐりが体のあちらこちらで滞る「気鬱(きうつ)」の状態になります。こうした「気」の異常は、単独で起こるのではなく併存して起こっていることが多いと、柴原先生は指摘します。
「気虚」は、気の量が不足した状態です。全身の倦怠感があったり、疲れやすい、気力がない、食欲不振、日中の眠気、かぜなどの感染症にかかりやすいなどの症状がでます。治療に用いる漢方薬は、人参や黄耆(おうぎ)、山薬(さんやく)などの生薬を含む六君子湯(りっくんしとう)や黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう)などです。
「気逆」は、気のめぐりが逆行した状態です。冷えやのぼせ、発作的な動悸、頭痛、胸痛、腹痛、嘔吐、イライラ感、下肢や四肢の冷え、手のひらや足の裏の発汗などの症状がでます。治療に用いるのは、桂皮(けいひ)と甘草(かんぞう)の組合せを含む苓桂甘棗湯(りょうけいかんそうとう)や桃核承気湯(とうかくじょうきとう)、蘇葉や黄連などの生薬を含む漢方薬です。
「気欝」は、気が滞った状態です。抑うつ傾向や頭重感・頭冒感(何か物を頭に被ったような感じ)、喉のつかえ感、胸のつまった感じ、腹部膨満感、排ガスやゲップの増加、残尿感、朝起きにくいなどの症状がでます。治療には、厚朴(こうぼく)や枳実(きじつ)、竜骨(りゅうこつ)や牡蛎(ぼれい)などの生薬を含む半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)や大柴胡湯(だいさいことう)、柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)などの漢方薬が用いられます。
身体の状態に適した漢方薬を用いて健康を維持
気血水の2番目、「血」の異常には、血の量が不足した「血虚」と血の流れが障害された「瘀血(おけつ)」があります。「血虚」になると、集中力の低下や顔色不良、不眠、頭髪が抜けやすい、眼精疲労、皮膚乾燥やしわ、爪の異常、こむら返りなどの症状がでます。治療に用いるのは当帰(とうき)や芍薬(しゃくやく)、阿膠(あきょう)などの生薬を含む四物湯(しもつとう)やきゅう帰膠がい湯(きゅうききょうがいとう)などです。また、「瘀血」では、不眠や精神的な不安定、のぼせ、肩凝り、筋肉痛などの症状がでます。これらに対しては、牡丹皮(ぼたんぴ)や桃仁(おうにん)などの生薬を含む桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)や加味逍遙散(かみしょうようさん)、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)などの漢方薬が用いられます。
気血水の3番目、「水」の異常には、水の流れが滞っていたり、めぐりが悪い「水滞」があります。「水滞」は、正常であれば水のたまらない場所に水がたまったり、水のあるべき場所に水がなくなっている状態です。症状としては、身体が重い、ズキズキする頭痛や頭重感、車酔い、めまい、立ちくらみ、むくみ、朝のコワバリなどがあらわれます。治療には、茯苓(ぶくりょう)や朮(じゅつ)、沢瀉(たくしゃ)などを含む五苓散(ごれいさん)や真武湯(しんぶとう)などの漢方薬が用いられます。
未だ病気ではない「未病」の段階で、漢方医学においては、身体の状態に合った漢方薬を使って対処します。漢方医学の知恵を生かすには、まず身体の状態を把握することです。その上で、自分の状態にあった環境整備や食事、適した漢方薬を服用して、崩れたバランスを整えて、健康な状態へと戻していくことを目指します。漢方医学の知恵を取り入れ、高齢者の健康維持に役立ててほしいと、柴原先生は締めくくりました。