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肺がん手術後の合併症予防に補中益気湯

公開日:2020.01.28
カテゴリー:がん治療と漢方

がん手術後の合併症の予防と症状の軽減に「補剤」

 高齢化が進む日本では、生涯でがんにかかる人は約2人に1人と言われています。国立がん研究センターの集計によると、日本人がかかりやすいがんの種類は、大腸がん、胃がん、肺がんの順で、これらは三大がんと呼ばれることもあります。厚生労働省が発表した2017年の人口動態統計によると、三大がんのうち、最も死亡者が多いがんは肺がんです。

 死亡者が最も多いとされる肺がんですが、早期に発見できれば、手術で治癒が期待できることもあります。肺がんで肺を切除する方法は、片側の肺をすべて摘出する肺全摘術、肺の一部分を切除する肺葉切除、それより小さな部位を切除する区域切除、肺の外側の一部を部分的に切除する楔状切除などがあります。

 肺を切除した後には、肺の機能が低下したり、それに伴って体力が落ちたりします。さらに、さまざまな合併症が起こる可能性があります。肺切除後の代表的な合併症には、肺を切除した部分や縫合部分から空気が漏れる肺胞瘻(はいほうろう)、心臓が脈を打つリズムが乱れる不整脈、細菌感染などによる肺炎などがあります。

 最近では、肺がんに限らず、手術後の合併症を防いだり、症状を軽くしたりするために、補剤と呼ばれる漢方薬を用いることが増えています。補剤とは、生薬の人参(にんじん)、黄耆(おうぎ)を主薬とし、虚弱な体の状態の改善を目指す漢方薬です。代表的な補剤には人参養栄湯(にんじんようえいとう)、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)があります。

肺がん手術後の患者さんに補中益気湯を投与

 岐阜県の大垣市民病院は、肺がんの疑いで肺切除を行ったすべての患者さんに、補中益気湯の投与を行っています。この結果、補中益気湯が手術後の合併症を軽減する可能性があることを、同病院薬剤部の廣瀬達也さんが第29回日本医療薬学会で発表しました。

 補中益気湯は人参(にんじん)、蒼朮(そうじゅつ)、黄耆(おうぎ)、当帰(とうき)、陳皮(ちんぴ)、大棗(たいそう)、柴胡(さいこ)、甘草(かんぞう)、生姜(しょうきょう)、升麻(しょうま)の10種類の生薬で構成されています。通常、消化機能が衰え、手足の倦怠感が著しい虚弱体質者での夏やせ、病後の体力増強、食欲不振、胃下垂、かぜ、痔、脱肛、子宮下垂、陰萎、多汗症の治療に使用されます。

 大垣市民病院では、肺がんの疑いで肺切除後を行った患者さんに、補中益気湯を7日間服用してもらっています。同学会で廣瀬さんは、7日間服用できた患者さんと、できなかった患者さんで比較を行った結果を発表しました。

 この比較では、同病院で過去に肺がんで肺切除を行った患者さんの電子カルテの記録から、傾向スコアマッチングという手法を使い、結果に大きな影響を及ぼす可能性の高い年齢などの因子をそろえた上で、補中益気湯を7日間服用完了した人たち(服用完了群)と完了できなかった人たち(非完了群)を比較しました。完了群と非完了群で、それぞれ31人の患者さんについて検討されました。

 その結果、術後に合併症を起こした人の割合は、完了群が3.2%、非完了群が25.8%でした。また、術後合併症で比較的多かったのが、切除した部位での細菌などの感染による炎症です。そこで術後に抗菌薬を追加投与した人の割合を比較したところ、完了群は6.5%、非完了群は29.0%でした。さらに37.5度以上の発熱期間の中央値は完了群が1日、非完了群が2日で、完了群でより短いという結果でした。

 これまで補中益気湯ではさまざまな研究からヒトの免疫に対する作用が指摘されているので、この結果はそうした効果が働いた可能性があります。

効果を確認するためには、さらなる臨床試験を

 一方、廣瀬さんらの検討では手術後1週間目のC反応性たんぱく(CRP)の値も比較しています。体内に炎症が起きたりした場合、血液中にCRPが現われるため、炎症が起きた時には高い数値になります。検討ではCRPの中央値は、完了群が1.5mg/dL、非完了群が2.5mg/dLであり、完了群の方が低い傾向がありました。また、どちらも入院期間は同じ11日でした。

 廣瀬さんはこの結果から、「手術入院中の死亡原因として、手術後の合併症も無視できないことから、合併症を予防する意義は大きい。補中益気湯の投与で術後合併症が減ることで、入院中に死亡する患者さんを減らせる可能性もある」と述べました。

 廣瀬さんは今回の結果をふまえ、肺切除後の補中益気湯の効果を確認するためには、さらなる臨床試験などでの検討が必要であるとしています。(村上和巳)

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