高齢者疾患と漢方薬~薬物療法の課題とその位置づけ<第58回日本老年医学会学術集会レポート>
2015年12月に日本老年医学会から、10年ぶりの改訂となる「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」が発表されました。同ガイドラインには、「高齢者に有用性が示唆される我が国の医療用漢方製剤のリスト」として、抑肝散(よくかんさん)、半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)、大建中湯(だいけんちゅうとう)、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)、麻子仁丸(ましにんがん)が掲載されています。その詳細について、同ガイドラインの分担研究者も務めた東北大学病院総合地域医療教育支援部・漢方内科准教授の高山真先生が、金沢市で開催された第58回日本老年医学会学術集会「漢方実践セミナー 高齢者医療における漢方薬~効果的な使い方、今後の可能性を探る~」で講演されました。
漢方薬に関する64件の論文について質を評価
「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」は、高齢者の薬物療法で遭遇する、頻度の高い疾患や病態に対して、配慮が必要な医療現場を考慮し、精神疾患や神経疾患、呼吸器、循環器、消化器、さまざまな15領域を設定。系統的なレビューを行い、論文の質を評価し、策定しました。
漢方薬について、該当した論文は503件ありました。そのうちの、64件の論文について質を評価しました。その結果、全般的な有効性という意味で、5つの漢方薬で、多様な高齢者の病態に対して、具体的には、認知症における行動・心理症状、脳卒中後のさまざまな後遺症、糖尿病、狭心症、高脂血症、高血圧症に対して有効性があることが評価されました。一方、有害事象については、注意を有する生薬として、5つの生薬を挙げています。
高齢者に有用性が示唆されるわが国の医療用漢方製剤
抑肝散
ガイドラインに掲載されている推奨される使用方法については、まずは非薬物療法および認知症の中核症状に対する薬剤を使うことが前提にあり、十分な効果が与えられない場合、抑肝散を考慮する、という流れです。具体的な使用方法について、1日常用量の3分の2程度、若干抑えた量で始める、としています。これは高齢者の方々の代謝のことを考慮したことが理由です。内服から2週間程度で効果が現れてきて、4週間程度で安定するというのが理想的な経過です。それ以上使っても、あまり変化がない場合には、他の治療も考慮します。
注意事項としては、意欲の低下、うつ、食欲不振や悲哀感などの陰性的な症状についてはなかなか効きづらいといったことがあります。また、甘草(カンゾウ)が含まれているので、長期投与には低カリウム血症に気を付けることが重要です。論文では頻度として6%程度低カリウム血症が起こることが報告されています。
半夏厚朴湯
ガイドラインでは、脳卒中やパーキンソン病などの既往があり、嚥下障害、咳の反射が低下して誤嚥性肺炎の既往がある患者さんへの使用が推奨されます。胃酸の逆流がある場合は、六君子湯(りっくんしとう)を用いたり、腸管ガスがたまって、お腹の調子が悪い方には大建中湯と一緒に使うといった工夫もあります。
高齢者の肺炎の特徴としては、食べ物や唾液などが気づかないうちに気道に入ってしまう不顕性誤嚥が原因で誤嚥性肺炎を引き起こすことが以前から言われています。とくに脳梗塞の患者さんはドーパミンの代謝などが低下し、誤嚥性肺炎が起こりやすいといわれています。
大建中湯
ガイドラインでは、腹部術後早期の腸管蠕動運動の不良、脳卒中後遺症患者の機能性便秘を有する患者さんへの使用が推奨されています。脳血管疾患の患者さんのうち、便秘の症状に困っている人が大体40%から、多い報告だと80%いるという報告があります。便秘の治療には緩下剤や刺激性の下剤が使用されることが多いのですが、長期的に使われることがあるうえ、耐性の問題や、なかなか排便コントロールができない場合には介護者が摘便や浣腸を行ったりと、介護者の負担もあると考えられます。高齢者に処方する場合には、通常の常用量の3分の2程度から始め、効果をみながら調節していきます。また、非常に少ないながらも間質性肺炎の報告がありますので注意が必要です。
補中益気湯
COPDの患者など、慢性、あるいは再発性の炎症性の疾患患者における炎症性の治療や、栄養状態が改善しないようなときに使う漢方です。慢性疾患があり、食欲が進まない、栄養状態が改善しないようなときに使っていただくものです。
使用方法としては、一日用量から始めて、効果が出れば漸減するという使い方です。補中益気湯の中にも甘草が含まれているので、低カリウム血症には気を付けて治療していくことになります。
麻子仁丸
麻子仁丸は慢性的な便秘、排便障害で使用される一般的に使いやすい漢方薬です。腸管の運動を刺激する大黄(ダイオウ)という生薬が入っており、そのほか、麻子仁(マシニン)の種などの油成分が入っており、便を滑りやすくしてつるんと外に出してくれる働きをします。麻子仁丸は便がコロコロと乾燥して兎糞状になるような患者さんに使うケースが多く、大建中湯は、お腹にガスがたまるような場合で、比較的体力がなくて痩せていて、お腹が冷えるような患者さんによく使われます。1日1回、寝る前に1包もしくは2包程度から始め、腸管ガスが多いようなときには、大建中湯と併用するということもあります。麻子仁丸は穏やかに作用し、刺激性の下剤のようにお腹が痛くなることがあまりないため、使いやすい漢方薬だと思います。
高齢者に漢方を使用する際、注意を払うべき含有生薬のリスト
一方、ガイドラインでは注意を払うべき含有生薬について、厚生労働省から出ている使用上の注意などを参考に記載しています。
附子含有製剤
附子(ブシ)はトリカブトの根っこの部分を無毒化したものです。附子が含まれる代表的な製剤としては、八味地黄丸(はちみじおうがん)、牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)、桂枝加朮附湯(けいしかじゅつぶとう)などが挙げられます。注意を払う対象となる患者さんは、コントロール不良の高血圧、頻脈症の不整脈を有する方です。使用する際には通常の3分の2程度の少量から開始するのが安全だと考えます。
甘草含有製剤
甘草(カンゾウ)は日本国内で使用されている漢方製剤の70%程度に含まれています。腎機能が低下した患者さんやループ利尿薬を使っている患者さんには注意が必要です。主な副作用としては、浮腫や高血圧、不整脈などがあります。高齢者では一般に通常の3分の2程度の少量から開始して、効果を見ながら増減することがあります。また、1か月に1回程度はカリウムの値をチェックすることが必要と思います。
足がつる患者さんによく使われる芍薬甘草湯のほか、甘草湯、桔梗湯などのような、特に甘草を多く含有している製剤は頓用で使い、長期投与はできるだけ避けることが重要です。
麻黄含有製剤
麻黄(マオウ)はエフェドリンなどの成分を含んでいます。代表的な製剤に、麻黄湯(まおうとう)や葛根湯(かっこんとう)などがあります。コントロール不良の高血圧症の患者さんや、虚血性心疾患の患者さん、頻脈性の不整脈がある、排尿障害がある患者さんには注意して使う必要があります。使用する際には減量して使用する、あるいは麻黄を含まない桂枝湯などを代わりに用いることが考えられます。
黄ごん含有製剤
黄ごん(オウゴン)はフラボノイドの成分を含んでいます。代表的な製剤は、小柴胡湯(しょうさいことう)などがあります。小柴胡湯はインターフェロン治療中の患者さんや肝硬変の患者さんで間質性肺炎が問題になったことがありました。その他の病気の患者さんでも、空咳や息切れなどの症状には注意して、必要に応じて聴診やレントゲン、採血などを行うことが重要だと考えます。
山梔子含有製剤
山梔子(サンシシ)は、配糖体を含む生薬です。代表的な製剤としては、加味逍遙散(かみしょうようさん)、辛夷清肺湯(しんいせいはいとう)などがあります。山梔子を含有する製剤を数年から10年以上の長いスパンで使っていると、静脈硬化性大腸炎を生じることがあるということが最近報告されています。基本的には症状が改善した段階で、漢方薬の量を減らしていき長期投与を避けることが必要になってくるかと思います。数年にわたって投与するような場合には、注意が必要です。