漢方専門医による実践的日本文明論。キーワードは「まほら」
話題の書籍「まほら思考のすすめ」
「まほら」とは「すぐれた立派な場所」(大辞林より)のこと。古くは万葉集の中にも「聞こし食す国のまほらぞ」と記されている言葉です。人類は古くから、日本人には日本人の「まほら」が、そしてアメリカ人にはアメリカ人の「まほら」があり、先人の知恵と経験の結晶で、これまでそれぞれの国や土地で当たり前に行われてきた考え方ややり方でさまざまな問題を解決してきました。近年、経済や人の行き来のグローバル化が進むことで、世の中が複雑に絡み合うようになり、その問題解決の難易度も大きく上がっています。
「世界中すべての土地で絶対的に通用する考え方はありません。現代におけるグローバルスタンダードというのは、すべて“西洋文明的な考え方”によるものがほとんどです。でも、この“西洋文明的な考え方”が世界中に広まったのはたかだかこの400年ほどに過ぎません。それ以前はというと、それぞれが暮らす土地に合った考え方、すなわち“まほら思考”でさまざまな問題を解決していたのです」と語るのは、漢方専門医であり福岡にある香林堂クリニック院長の堀田秀一先生。閉塞感に覆われている日本社会を“まほら思考”で読み解く最新作「まほら思考のすすめ」(丸善出版)が発売中の堀田先生にお話しを伺いました。
「履物」にみる、西洋文明と日本文明の違い
香林堂クリニック 院長
堀田秀一先生
それぞれの土地に暮らす人々がもっとも良いやり方を編み出していく“まほら”の分かりやすい例について、同書では「履物」を挙げています。日本人の歩き方は足腰を酷使する田植えに適した姿勢から派生したとされており、つま先に体重を預けて、腰を曲げ、踵を引きずる特徴があります。そのために日本の履物はつま先に体重をかける鼻緒のある下駄や草履が主になっています。一方、踵から着地する歩き方のヨーロッパ人は、踵の部分を特に補強した「靴」が最もあう履物となります。現代の私たちは、西洋文明の「靴」を履きながらも、歩き方は日本文明に基づいたものとなっています。普段履いている靴が、つま先よりも踵の方が頻繁にすりへるなど、思い当たる方も多いのではないでしょうか。
“まほら思考”が新たな視点から物事を見つめるきっかけに
もちろん、すべての問題解決を“まほら思考”にのっとって行うべき、というわけではありません。「ですが、何か大きな壁で行き詰った時などに、既存のやり方、考え方で解決策が導きだせそうもなかった時に、その視野を大きく変える手助けとしてこの“まほら思考”が活用できます」と堀田先生。同書では、TPP問題や少子化対策など、現代日本が直面するさまざまな問題を“まほら思考”を通して解説しています。
実臨床でも活かされる“まほら思考”
堀田先生の香林堂クリニックでも“まほら思考”の実践として、「ツボ注入」と「香気漢方」という治療を行っています。ツボ注入は腰痛治療などで行わるトリガーポイント注射を“まほら思考”で再構築したもので、トリガーポイント注射で用いられる注射液をツボに注入し、刺激を与えるというものです。また、香気漢方は、漢方における煎じ液とアロマセラピーの考え方を誘導し、漢方生薬の揮発性成分(精油)をクリームにして、ツボに塗り込む治療法です。どちらも、学術的な研究も並行しておこなっており、学会などでも発表をされています。
閉塞感が増す今日の日本。さまざまな問題解決のきっかけに、この本で“まほら思考”を学んでみるのもよいかもしれません。