内服する心理的ストレスが少ないと、患者も医師も診療しやすく
内服する心理的ストレスが少ないと、患者も医師も診療しやすく
3年前に転職した時から、人間関係のストレスで、何事も楽しくない・イライラする・睡眠障害・悪夢などの精神症状や、倦怠感・動悸・眩暈(めまい)などの身体症状が見られるようになったという35歳男性。しばらく近所の精神科へ通院していたが、主治医と合わず、私が勤務している別のメンタルクリニックへ転医してきた。16歳頃にも対人関係で悩んだときがあって、2~3年精神科へ通院したことがあるそうだ。
色白でヒョロリと背が高く、神経質そう。ニコリともせず、事細かに経緯を話してくるため、診療するこちらも少し息が詰まってしまう。
診断は適応障害。前医からの紹介状では、ルーラン・ジェイゾロフト・リーマス・ワイパックスが最終処方で、これまでにパキシル・デパケンなども内服歴があるが、「精神科薬は嫌だ」と不規則になっていたようである。心理検査の結果では、IQ129と優秀レベル、また「自分自身に厳しく、甘えや失敗を許せない面が周囲への不満につながり、社会人としての適応や周囲への協調にストレスを感じる可能性あり」との評価であった。
まずは、イライラが酷く意欲が出ない・悪夢を見るとの訴えに対し、ジェイゾロフトを減量してトレドミンに変更。また、桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)を加えた。すると1週間後の再診の際には見事に「夢は見るものの悪夢は減った。心臓の跳ねも無い」と笑顔を見せてくれた。神経質な印象もだいぶ薄れていたが、復職に対し緊張感が残るというので、頓用でワイパックスを処方し、翌週より復職した。また若干の便秘があるので麻子仁丸(ましにんがん)を追加投与したところ、腹痛も無く仕事に支障ないと喜んでいた。2ヶ月後には「非常に良い、便も快調」と調子が良いためトレドミンを中止。さらに他剤も徐々に減量、中止し、漢方薬のみとした。
翌月には、精神状態が以前より安定しているせいか、イライラ時頓用のワイパックスで眠気が出ると訴えるため、最近の私のお気に入りで、若者に頓用で処方することが増えた抑肝散(よくかんさん)を処方。眠くならず、イライラに効果が見られたが、ワイパックスほどの即効性が無いとのことだったので、その2剤を自己調節してもらうことにした。現在は、桂枝加竜骨牡蛎湯を一日3回、麻子仁丸を夜寝る前のみ、ワイパックスと抑肝散は自己調整で頓用として内服している。
この患者さんは、神経過敏で何事にも細かいため、カルテが回ってくると少し気が重くなってしまう時期もあったが、今では、桂枝加竜骨牡蛎湯で穏やかな笑顔を見せてくれ、きちんと復職し、仕事の裏話や彼女について話してくれるまでとなり、毎回楽しい外来となっている。
精神科で一般的に多く使用されているSSRIやSNRIなどの抗うつ薬では、慎重に投与していてもアクチベーションシンドロームと呼ばれる不安・焦燥・イライラ感が出たり、セロトニン症候群と呼ばれる発熱・発汗・不安・焦燥などが時に見られる。また規定量を内服していても、躁転(そうてん:急に躁状態になること)することがあったり、逆に全く効果が見られなかったりと、調整が困難なケースもある。さらに自己中断すると離脱症状も出やすい。こうしたことから精神科薬の内服には負のイメージを抱かれることが珍しくない。さらに言えば、精神科に通院すること自体にネガティブな印象を持つ患者さんも多い。
ところがこの患者さんは、ほぼ漢方薬のみの処方となったため、通院への抵抗が失せて、薬が無くなる頃にきちんと外来に顔を出してくれるようになった。精神科薬と漢方薬とでは、こんなにも内服する側の心理的ストレスが異なるのだなぁと実感し、また、患者さんの性格まで丸く穏やかにしてくれて、私の外来診療行為を楽しく思えるようにしてくれる漢方薬に感謝の念を持っている。
愛世会愛誠病院・漢方外来
不定愁訴や過量服薬、副作用出現の患者さんに対し、向精神薬のみでの対応では加療困難なケースもあり、漢方に興味を持った。
現在の施設で本格的に学ぶようになり、2010年より漢方外来勤務。精神科専門医。