【抑肝散】認知症の周辺症状の改善効果/論文の意義
西洋医学では対処法に乏しく困っている領域
認知症の「周辺症状」の改善に有効な可能性 ―抑肝散(よくかんさん)
人口の高齢化が進むにつれ、認知症対策は、社会的に大きな関心事となっています。今回は、水上勝義先生(筑波大学大学院人間総合科学研究科精神病態医学分野准教授)らの研究報告を紹介しましょう。認知症に伴う「周辺症状」の改善に、『抑肝散』が有効な可能性があるという内容です。神経精神薬理学の国際的な有力誌『The International Journal of Neuropsychopharmacology』に、2009年論文が掲載されました。
背景: 認知症の「周辺症状」は、適切な治療薬がなく、医療・介護の現場で問題となっている
認知症の症状には、大きく分けて中核症状と周辺症状の2つがあります。中核症状とは、覚えこむ力(記銘力)や判断力の低下、論理的に順序立てて<考え、状況を把握して行動に移す力の低下(実行機能障害)などの認知機能障害を指します。一方、周辺症状は「行動・心理症状(BPSD)」とも呼ばれ、幻覚・妄想、うつ、無気力、焦燥、行動異常などが含まれます。BPSDは、介護者の負担を増大させ、患者自身の心と体の状態を悪化させることから、治療の重要性が注目されています。 なぜBPSDが発症するかは、まだよく分かっていません。ただ、セロトニン(5-HT)という情報伝達物質の神経細胞間でのやりとりなど、複数の神経伝達系の機能がうまく働かないことが関係していると推測されています。治療には従来から主に「抗精神病薬」が用いられてきましたが、抗精神病薬には副作用が出る場合があります。具体的には、体がスムーズに動かないなどの「錐体外路症状」や、鎮静作用が強く出過ぎてボーッとするなどの「過鎮静」といった問題です。米国食品医薬品局(FDA)からも患者の命に危険がおよぶ場合があるとの警告が出され、医療現場では適切な治療薬がないのが現状です。 『抑肝散』は、「当帰(とうき)」「釣藤鈎(ちょうとうこう)」「甘草(かんぞう)」などを構成生薬としており、「神経症」「不眠症」などの、神経の高ぶりを抑制する効果が知られています。そこで、その応用としてBPSDにも効果があるのではないかと考えられ、検討が進められてきました。水上先生らの報告は、これをさらに多くの患者さんで検証するために、複数の施設が参加して行った試験の結果です。論文タイトルにある「ランダム化クロスオーバー試験」とは、患者さんを無作為に2つのグループに分けて、その両者に時間をズラして交互に薬剤を投与した結果を比較し、統計的な精度を高める手法です。
『抑肝散』によってBPSDが改善される仕組みについては、まだ十分な解明はされていませんが、近年の基礎的な研究結果から、『抑肝散』は、セロトニンを介した伝達系やグルタミン酸を介した伝達系をはじめとする「神経伝達系の調節機能」をもつことが明らかになっています(図1)。これらの作用が、BPSD改善と関連しているのではないか、と推察されています。
図1:抑肝散によるBPSD改善の仕組みの可能性