くり返す辛い痛み… 片頭痛に漢方薬はどう使う?
天気が悪くなったときや月経のとき、睡眠不足や疲れがたまっているときや首や肩が凝っているときに起こる頭痛。慢性的な痛みとは「もう何十年も付き合っている」という人もいるのではないでしょうか。慢性頭痛と漢方薬に詳しい中央大学保健センター所長の石田和之先生に、こうした頭痛の原因や対処法について伺いました。
慢性頭痛は緊張型頭痛、片頭痛、群発頭痛の3種類
頭痛は、くも膜下出血や脳腫瘍、髄膜炎など脳や頭部の病気の症状として出てくる頭痛(二次性頭痛)と、頭痛の直接的な原因や疾患がなく「頭が痛い」こと、それ自身が病気である頭痛(一次性頭痛)との2つの種類があります。代表的な一次性頭痛には、緊張型頭痛、片頭痛、群発頭痛があります。
「緊張型頭痛は、一次性頭痛の中でも悩んでいる人が最も多いものです。頭の両側が圧迫されるような感じや締め付けられる感じがあるのが特徴です。デスクワークで同じ姿勢で長時間作業を行ったことによる肩や首の凝り、精神的ストレスや睡眠不足が増悪因子となる頭痛で、多くの場合は体を動かすと楽になります。緊張型頭痛では、多少気分不快感が出ても、嘔吐することはありません。
一方、体を動かすことでかえって痛みが強くなるのが片頭痛です。片頭痛は女性に多く、典型的にはズキズキと脈打つような痛みが繰り返し起こります。痛みが起こる前にギザギザした光が視界に現れたり[閃輝暗点(せんきあんてん)]、光や音、においに過敏になったり、フラつきやめまいを伴ったりすることがあります。多くの場合、激しい痛みとともに吐き気や嘔吐を伴い、身体を動かすことで痛みが強くなるために、暗い部屋でじっと横になって嵐が通り過ぎるのを待つ以外になすすべがありません。このような頭痛がしばしば起これば、仕事や家事などに大いに支障をきたすことになります。片頭痛の有病率の高さから、社会における経済的損失も甚大であると報告されています。
群発頭痛も片頭痛のように発作的に痛みが起こります。群発頭痛は男性に多く、1〜2時間続く激しい頭痛が1〜2か月間毎日のように繰り返し起こります(頭痛の群発期)。群発頭痛の痛みはとても激しく、精神的にも興奮するため、じっとしていられず歩き回ったりします。群発期が過ぎるとしばらく頭痛は落ち着きますが、数か月〜数年間隔で群発期が繰り返します。目の奥がえぐられるように強烈に痛むのが特徴で、涙や鼻水、鼻詰まりなどの症状が一緒に起こります。ただし、群発頭痛は頭痛自体は激しいものですが、有病率は他の一次性頭痛と較べれば、非常に少ない頭痛と言えます」(石田先生)
2021年に片頭痛の新薬が登場
上述したように、国内における大規模な疫学調査によると、慢性頭痛に悩む約4,000万人のうち、約840万人は片頭痛に悩み、その74.2%が日常生活に支障をきたしていることがわかっています1)。
「片頭痛の治療には、頭痛が生じた時に鎮痛薬を頓用する対症治療と頭痛が起こりにくいように予防薬を毎日服用する予防治療の2種類があり、患者さんの状態に合わせてこれらを組み合わせて治療を行ってきました。今まで予防薬として用いられてきた薬は、元々は抗てんかん薬、抗うつ薬、高血圧の治療薬など、片頭痛以外の疾患の治療薬を流用していました。しかし、これらの薬を継続しても必ずしも予防効果が実感できない場合も少なくありませんでした。しかも、これら薬剤の中には副作用が出やすいものもあり、患者さんにとって毎日服用するには不安が残ることが問題となっていました。
近年、片頭痛の原因を元から止める画期的治療薬が開発され、日々の診療に利用できるようになりました。この新薬の紹介をする前に、片頭痛の起こる仕組みについて、最新の医学的知見を簡単に説明します。
顔面・頭皮の一部や頭蓋骨内の組織(脳とその付属組織)の感覚を司る神経を三叉神経(さんさしんけい)といいますが、片頭痛は、この三叉神経に生じた炎症によって惹起された一種の神経痛です。そして、三叉神経に炎症を引き起こす原因物質の一つがCGRP(Calcitonin gene-related peptide:カルシトニン遺伝子関連ペプチド)という小さな分子です。CGRPは神経の末端から分泌され神経細胞の情報伝達に関与していると推測されていますが、片頭痛の発症機序に深く関わる核心的物質のひとつでもあります。このCGRPの作用を阻害することで三叉神経に炎症が起きにくくなり、結果的に片頭痛発作が抑制されます。
2021年に上市された新しい片頭痛治療薬は人工的に合成された抗体で、CGRPに直接、あるいはCGRPが結合するCGRP受容体と反応し、CGRPの作用を阻害することで治療効果を発現することからCGRP関連抗体薬と呼ばれています。CGRP関連抗体薬は頭痛発作を軽くし、回数を減らす予防効果が期待できますが、片頭痛の発病に関わるプロセス自体を抑制することで、既存の片頭痛予防薬とは異次元の治療効果が期待できます。例えば、治療を受けた患者さんのうち約半数で片頭痛の発作日数が半分に抑えられ、約10%の患者さんでは、片頭痛発作が全く出なくなったという臨床試験結果もあります2, 3)。CGRP関連抗体薬は内服薬ではなく、皮下注射薬です。注射は4週間に1回で済み、また副作用もほとんどが注射部位の疼痛で、重篤な副反応の報告はほとんどありませんので、片頭痛の治療が大きく変わったパラダイムシフトと言われています」(石田先生)
しかしながら、CGRP関連抗体薬については「使用にあたりいくつかの条件がある」と石田先生は話します。「これから初めて片頭痛の治療を受けようとする方が最初からCGRP関連抗体薬を選択できるわけではなく、既存の治療を行っても改善が見られず、日常生活に支障を来している場合に投与できるなどの前提条件があります。また、妊娠・授乳中の方への安全性はまだ確立されておらず、原則は使えないなどの制約もあります。さらに、新しい薬であることから1回あたりの薬価も高く、『片頭痛に困っている人は誰でも』というわけにはいかないのです」(石田先生)
漢方薬は安価で幅広い世代の人に使えるのがメリット
そこで第二選択となるのが漢方薬だと石田先生は言います。
「漢方薬は西洋薬と比較しても安価で、お子さんから高齢者、妊娠・授乳中の方も含めて幅広い方に使うことができるのが大きなメリットです。注射が怖いという方や抗体薬でアレルギーが出た方などにも用いることがあります。漢方薬のひとつである呉茱萸湯(ごしゅゆとう)は、今日、片頭痛の漢方治療の第一選択薬と言われているもので、偽薬を対照とした臨床治験においても、頭痛を抑制する効果が証明されています4)。古典には『吐き気が強いが吐こうとしても出ず、唾液ばかりを吐き出して頭痛がする者に用いる』と記載されていますが、臨床的には片頭痛発作で吐き気が強く、嘔吐で胃が空っぽになっても悪心が続いて、吐くに吐けない苦しい状況に相当すると考えられます。呉茱萸湯には、その名の通り呉茱萸(ごしゅゆ)という生薬が含まれています。これはあくまで私の私見ですが、この生薬に含まれるアルカロイドという薬効成分には、神経の活動を抑制する作用が報告されており5)、その結果としてCGRPの分泌を抑えるのではないかと考えています」(石田先生)
西洋薬との併用も可 頭痛に伴って起こる症状の改善にも
石田先生が診られていた40代の女性の患者さんの例を紹介します。
この女性は以前は頭痛持ちではありませんでしたが、数か月位前から頭が割れんばかりの激しい頭痛発作が起こるようになりました。あまりの激しさに救急車を呼んだことも何回かあったとのことです。しかし、救急病院で頭のCT検査を受けても異常はなく、そのまま家に帰されるため、どうしたらよいのか分からず、一時は頭痛発作が心配でうつ状態になってしまったとのこと。その方は「漢方薬で治したい」と先生のもとを訪れ、冷えもあったことから呉茱萸湯で治療開始となりました。服用後は片頭痛発作は出なくなり、経過中1度だけ軽い頭痛があったものの、その後も全く頭痛発作はなく、1年後には漢方薬も卒業できたそうです。
「この方もそうですが、片頭痛が起こり始めて時間があまり経過していない方、特に鎮痛薬を常用していない方に漢方薬がよく効くように思います。一方で、何年もの長期にわたって片頭痛に苦しみ、多量の鎮痛薬を使い続けているような場合には漢方薬でも難しいことが多いと思います。このような場合には漢方単独治療に固執することなく、西洋薬、特にCGRP関連抗体薬との併用をおすすめしています。片頭痛を漢方薬で治療する場合、第一選択薬は上述の呉茱萸湯になります。特に冷え性の方、発作時の吐き気の強い方に合っています。逆に冷えのない方やむくみやすい方などは五苓散(ごれいさん)が合っています。五苓散は気象病として天気が崩れる前に頭痛発作が出やすい場合に有効率が高いといわれており、それを裏付ける臨床研究報告もありますが、ほかの漢方薬が有効な場合もあり、あまり天候にこだわる必要はありません。呉茱萸湯、五苓散の他にも片頭痛治療に用いられる漢方薬は多くあります。めまいやふらつきがある方で体力が普通以上にあれば苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)、虚弱体質で胃腸虚弱があれば半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)を選びます。女性で月経に関連して頭痛が起こる場合には当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)や桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)などを単独で、あるいは併用して使用することもあります」(石田先生)
忙しいときに頭痛が起こると、つい手軽に買うことのできる市販薬で痛みを和らげようとしてしまいがちです。医療機関でも、こちらの求めに応じて鎮痛薬を処方してもらえることが多いでしょう。しかし、市販薬でも処方薬でも、鎮痛薬を過剰に使用することで頭痛がかえって悪化し鎮痛薬が効かなくなる「薬剤の使用過多による頭痛」を引き起こしてしまう可能性があります。薬を1か月に10日以上服用する場合は要注意です。
現在、頭痛の治療は大きく進んでおり、選択の幅も広がっています。頭痛に悩みながら生活するのは辛く、家事や仕事の効率が下がってしまうこともあります。さらにイライラしてしまい、症状の悪化を招きかねません。何より、「片頭痛と思っていても検査の結果、脳腫瘍や脳動脈瘤が発見される患者さんも皆無ではなく、これは命に関わる問題です」(石田先生)。
日常生活の不安を解消し快適に過ごすためには、「頭痛くらいで病院を受診するのは…」と思わずにまずは受診することが大切です。頭痛外来であれば、同じ悩みで通院している患者さんが集まっており、スタッフも頭痛診療に慣れているので、いろいろと相談できます。しかしながら、頭痛外来でなくても脳神経外科・脳神経内科であればご心配はいりません。案ずるより、受診するが易しです。
- 参考
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- F Sakai, et al. Cephalalgia 1997; 17(1): 15-22
- エムガルティ(R)皮下注 120mg オートインジェクター/エムガルティ(R)皮下注 120mg シリンジ 医薬品インタビューフォーム
- Goadsby PJ et al. Neurology 2020; 95(5): e469-e479
- Odaguchi H et al. Curr Med Res Opin 2006;22(8):1587-1597
- Wang S et al. J Nat Prod 2016;79(5):1225-1230
中央大学保健センター 所長/東京女子医科大学附属東洋医学研究所 非常勤講師/新宿つるかめクリニック つるかめ漢方センター
日本内科学会総合内科専門医、日本神経学会脳神経内科専門医・指導医、日本認知症学会認知症専門医・指導医、日本東洋医学会漢方専門医。
※中央大学保健センターでは一般診療は行っておりません。内容に関しての質問はQLife漢方編集部へ、診療のご希望等は新宿つるかめクリニックへご相談ください。