なかなか治らない下痢 過敏性腸症候群にも漢方薬が役立つ
薬を服用しているのになかなか下痢が止まらない、急に腹痛が襲ってくるので外出するのも不安になる――そんな悩みを持つ人も多いのではないでしょうか。慢性的な下痢の主要な原因で多いもののひとつ、過敏性腸症候群にも漢方薬が役立つことがあります。下痢を含め多くの消化器疾患の治療に携わってこられた川崎医科大学総合医療センターの眞部紀明先生に、過敏性腸症候群をはじめとした腸の不調改善に効果的な漢方薬について伺いました。
ストレスなどが原因で起こる過敏性腸症候群
――下痢というと、お腹が冷えたり細菌やウイルスに感染したりして起こるものの、原因が解消されれば治る急性の病気というイメージがあります。慢性の下痢は、それとは違うのでしょうか。
眞部先生(以下、眞部):急性と慢性の下痢の最も大きな違いは、下痢が続く期間です。1~2 週間以内の場合は急性ですが、3 週間を超えると慢性になります1)。また原因も違います。急性の下痢は細菌やウイルスへの感染が主ですが、慢性の下痢は主に何かしらの疾患が原因となって起こっています。最も多いといわれているのは過敏性腸症候群で、そのほか潰瘍(かいよう)性大腸炎やクローン病、大腸がんなどで生じることもあります。血便があれば大腸の炎症やがんの可能性が考えられます。
水分を多く含み、水状か泥状の便が3週間以上続いている場合、慢性下痢と判断してよいでしょう。下記のスケールでいうと、6または7の状態の便です。
図 ブリストル便形状スケール
Lewis SJ, et al. Scand J Gastroenterol 1997; 32(9): 920-924より作図
――過敏性腸症候群とは、どのような病気なのか教えてください。
眞部:検査では異常がないにもかかわらず、下痢や便秘、腹痛などを繰り返す病気です。下痢が長く続く、下痢と便秘が交互に起こる、便秘が続く、などいくつかのタイプがあります。詳しい原因はわかっていないのですが、ストレスによって悪化することや、細菌やウイルスによる感染性腸炎にかかったことがあるとなりやすいといわれたりすることもあります。「Irritable Bowel Syndrome」という英語表記の頭文字をとって「IBS」と呼ばれています。
――IBSになると長期間、下痢が続く人が多いのでしょうか?
眞部:IBSの症状は4つのタイプに分類できます。不安や緊張があると激しい下痢を生じる「下痢型」、反対に便秘になる「便秘型」、お腹の張りや痛みなどとともに便秘と下痢を繰り返す「混合型」、それ以外の「分類不能型」の4つで、当初は便秘型だったけれど、途中から下痢型になるというように症状が変わる人もいます。これらの症状が数か月から数年続きます。また一度よくなっても、また何かのきっかけで再発することもあります。
――さまざまなタイプがあるのですね。女性というと便秘のイメージがありますが、やはり便秘型のIBSが多いのでしょうか?
眞部:男性と比べ女性に便秘型が多く、女性に比べ男性に下痢型が多いとされています2)。ただ、女性の場合、「下痢をしている」ということを周囲に言いづらく、ひとりで悩んでいる人も多いのかもしれません。
一剤で複数の症状に対応できる漢方薬は、IBSの治療にも大きなメリットが
――先生はIBSの治療にも漢方薬を使われているのでしょうか。
眞部:使うことがあります。漢方薬はさまざまな生薬の組み合わせでできているため、一剤で複数の症状に対応できるというメリットがあります。どちらのほうがいいとか優れているというわけではありませんが、例えば、下痢と便秘を繰り返す混合型のIBSの場合、西洋薬では便秘の薬と下痢の薬、どちらを使えば効果があるのか、判断が難しいこともあるでしょう。しかし、桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)という漢方薬であれば、一剤で便秘にも下痢にも効果を発揮できます。桂枝加芍薬湯には芍薬という、痙攣(けいれん)を抑える生薬が配合されています。便秘に対しては腸の緊張をほぐす作用が働き、排便を促しますが、下痢に対しては腸の過活動による収縮や痙攣を芍薬が抑えて、症状を改善します。
このようにIBSの治療にも漢方薬は有効で、実際、西洋薬ではなかなかコントロールができなかった腹痛や下痢を、桂枝加芍薬湯に切り替えたり西洋薬と併用したりすることでコントロールできるようになったという患者さんもいらっしゃいます。
――ほかにはどんな漢方薬を使いますか?
眞部:お酒を飲むと下痢になりやすいという人には、半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)を処方することもあります。お酒を飲むと胸やけや胃もたれがあって、便が少しゆるい状態が続くといったケースにはわりと効果的です。ただ半夏瀉心湯は苦味の強い漢方薬なので、慢性下痢の治療のために長期間飲み続けるのは少し大変かもしれません。
全身にも影響する腸の不調――漢方薬も健康管理の一助に
眞部:最近では、便秘や下痢は単なる消化器だけの病気ではなく、全身の病気に通じているというエビデンスが少しずつ出てきています。アメリカでは「慢性便秘症状がある場合は慢性便秘症状のない場合に比べて、生命予後が悪くなる」というデータも出ています3)。おそらく慢性の便秘や下痢は、皆さんが思っているほど、楽観視できるようなものではないように感じています。
――便秘がそこまで体に影響を与えているとは驚きです。
眞部:主に心臓や腎臓の病気に関係しているといわれていて、特に腎臓の病気との関係は大きいようです。便秘がひどくなると、腸内環境が悪くなります。もともと腎臓が悪い人は水分やカリウム、野菜の摂取を制限する必要があり、水分やミネラル、食物繊維が不足して便秘になりやすい傾向にあります。便秘がひどくなり、腸内環境の悪化が進むと、腸の中で尿毒素がつくられたり炎症反応が起こったりして、腎臓の病気がさらに進むとこともあり、腎臓病と便秘は互いに病気を進行させるという悪循環を形成している可能性があることもわかっています4)。
また腎臓への影響以外に、いきむことで心臓に負担がかかったり、動脈硬化のリスクが高まったりすることのほか、うつや不安などメンタル面との関連性の影響についての研究5)も進んでいます。
――腸内環境を整えることは、全身の健康管理にも役立つのですね。
眞部:「たかが下痢、たかが便秘」と侮らず、腸内の健康も積極的に保っていってください。そのためにも漢方薬をうまく使ったり、必要に応じて専門家の助けを借りたりすることは大切です。下痢や便秘などお腹の悩みがある場合は専門医を受診し、相談してください。
- 参考
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- 日本臨床検査医学会編:臨床検査のガイドラインJSLM2015 検査値アプローチ/症候/疾患, 宇宙堂八木書店, 東京, pp.168, 2015
- 日本消化器病学会編:機能性消化管疾患診療ガイドライン2020-過敏性腸症候群(IBS)(改訂第2版), 南江堂, 東京, pp.18, 2020
- Chang JY, et al. Am J Gastroenterol. 2010; 105(4): 822-832
- Sumida K, et al. J Am Soc Nephrol 2017; 28: 1248-1258
- 須藤信行. 腸内細菌学雑誌. 2017; 31: 23-32
眞部紀明(まなべ のりあき)先生
川崎医科大学 総合医療センター中央検査科部長。同大医学部臨床医学 検査診断学(内視鏡・超音波) 教授