千葉大学医学部附属病院和漢診療科 並木隆雄科長
~漢方薬の新時代診療風景~
漢方薬は、一般に知られる処方薬(西洋医学)では対処が難しい症状や疾患に対して、西洋医学を補完する使われ方も多く、今後の医療でもますます重要な役割を果たすと考えられます。
近年、漢方薬の特性については科学的な解明が進んだこともあって、エビデンス重視の治療方針を取る医師の間でも漢方薬が使用されることが増えています。
漢方薬を正しく理解して正しく使うことで、治療に、患者さんに役立てたい。日々勉強を重ねる、身近な病院の身近なドクターに、漢方活用の様子を直接伺いました。ドクターの人となりも見えてきます。
コロナフォローアップ漢方外来を開設
和漢診療科は、千葉大学大学院医学研究院和漢診療学講座の診療部門として、2005年10月に開設されました。現代医療に、東洋のものの見方や治療法を加えた、新しい時代の治療学確立に向け、漢方と西洋医学の長所を伸ばし、短所を補うことこそ、これからの医療のひとつの大きな方向であろうというのが、当科の目指す基本的な考え方です。
それは2020年初頭から拡大した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療においても生かされています。
COVID-19患者さんの中には感染して症状が回復した後も、後遺症のような長引く不調に悩まされている人が少なくありません。そうした不調は「Long COVID」と呼ばれ、倦怠(けんたい)感、息苦しさ、脱毛、嗅覚・味覚障害など、さまざまな症状があげられます。
今、このLong COVIDが問題になっています。その理由のひとつとして、そもそもどこに相談すればよいのかわからないことがあげられます。COVID-19の症状はおさまっているにもかかわらず不調が続いている場合の相談先が、明確になっていません。加えて、不調が改善するのかどうかがわからないことや、COVID-19患者への偏見などが重なり、Long COVIDに悩む人の多くは不安を抱えています。そうしたことを踏まえて2021年5月から和漢診療科とは別に、感染症内科の特殊外来として「コロナフォローアップ漢方外来」を開設し、Long COVIDに悩む患者さんの治療にもあたっています。
現在(取材日:2021年6月24日)は、私ともう1名、計2名の医師で担当しています。当院のコロナフォローアップ漢方外来を受診される患者さんは千葉県内の人が多く、年齢や性別はさまざまです。紹介状持参でいらっしゃる人よりも、患者さん自身で問い合わせて受診される人のほうが多いです。それほど皆さん、不安で切羽詰まった状況にあるのかもしれません。
1人あたり30分以上かけて、じっくり話を聞く
コロナフォローアップ漢方外来では、患者さんが抱える不安を、懇切に聞くことを重視しています。患者さんひとりにかける診察時間は、通常の外来では初診を除き10分程度とするのが一般的ですが、当外来では30分以上かけてじっくり話を聞くこともあります。患者さんの不安や悩み、愚痴などを聞くことも、Long COVIDの治療において大切なことだと、私は考えているからです。
というのも、実際に診療を始めてみてわかったのですが、Long COVIDでは医学的に治療が必要と考えられるような症状がなく、倦怠感だけが続くという人が少なくないのです。呼吸困難のように明らかな病気を疑う症状がある場合は、例えば呼吸器内科で検査をし、その結果に応じて治療をするといった対応が可能です。ですが、そうした症状はないものの、日常生活に支障をきたすようなだるさが続き、どうしたらいいのかわからず困り果て、不安を抱えている人がLong COVIDの患者さんには多くいらっしゃいます。そしてその不安が、さらに倦怠感を増悪させる要因にもなっています。そこでまずは患者さんの不安を少しでも軽くするために、しっかりと話を聞くことから始めているのです。
補剤を中心に、患者さんに合わせた漢方薬を処方
診察はそのほかに脈診など、通常の和漢診療科で行っている方法も用いています。それらの診察結果から、患者さんに合った漢方薬を診断し、処方します。処方した漢方薬をまずは1~2週間服用してもらい、様子を見ながら、必要があれば漢方薬の種類や量を調整するなどして、治療を進めていきます。患者さんは大体1~3か月で治療の効果を実感できているようです。ただ、効果を感じてもらえても、何をもって治療のゴールとするのかが難しく、それは今後、模索していく必要があるでしょう。
処方する漢方薬は、倦怠感を訴える患者さんが多いため、補剤が中心になります。十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)、人参養栄湯(にんじんようえいとう)、小建中湯(しょうけんちゅうとう)、黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう)、真武湯(しんぶとう)などを、患者さんの証(しょう)に応じて処方します。補剤の中でも、COVID-19の予防に効果があるとして、私どもの大学を中心に臨床研究を進めている補中益気湯は、Long COVIDにはあまり使いません。元気な人には補中益気湯が効果を発揮することもありますが、Long COVIDの患者さんの場合は、元気自体が不足しがちです。そのため、十全大補湯や人参養栄湯などで、元気を補う必要があります。
嗅覚や味覚障害を訴える患者さんには小柴胡湯(しょうさいことう)、加味帰脾湯(かみきひとう)、加味逍遙散(かみしょうようさん)などの柴胡剤を処方することもあります。柴胡剤は嗅覚・味覚障害そのものの改善ではなく、それに伴うストレスの緩和を目的に使っています。
いずれにせよ、患者さんの全身状態を整え、回復力をつけることを目的として治療を進めています。Long COVIDに悩む人は全身の状態が弱っていて、回復力が足りていないケースが多く見られるため、回復力を高めるのに漢方薬が効果を発揮するというわけです。
生活習慣改善の指導も併せて行う
まだ、そこまでたくさんのLong COVID患者さんを診察しているわけではないので、違っている可能性も否定できませんが、生活習慣がLong COVIDの発症に関わっている可能性はあると、私は考えます。特に、生活習慣の乱れによる新陳代謝の低下が顕著な患者さんが多い印象です。Long COVIDで診察した患者さんの中には「のぼせのような症状があり、暑いのでとにかく氷を食べている」という人がいました。新陳代謝が低下した状態で冷たいものを食べたり飲んだりすると、さらなる代謝の低下を招き、それが倦怠感となって体に現われるほか、体力の低下や疲れやすさを引き起こす可能性もあります。元気な人であれば、一時的にそうなっても調整が可能かもしれませんが、Long COVIDに悩まされている人の場合、自律神経が影響を受け、体温の調整が難しくなることもあります。夏場などは外気温も高いため、冷たいものを口にしたくなりますが、倦怠感のある人はなるべく避けたほうがよいでしょう。暑いからといって氷を食べてしまうと、逆に倦怠感を招いてしまいます。
すべての患者さんがこれと同じ状況ではありませんが、このようにLong COVIDの症状を増悪させる生活習慣を止められずに繰り返している人は少なくありません。そうした人には漢方薬の処方と服薬指導に加えて、生活習慣の指導も行っています。
COVID-19への不安や偏見のない世界を目指して
感染症内科の特殊外来として開設されたコロナフォローアップ漢方外来は、コロナ禍の収束後は通常の外来に集約される予定です。現時点では残念ながら、すでに完治していたとしてもCOVID-19にかかったことがある人に対し身構えてしまう人はいまだに多い状況があります。それらがなくなり、普通にあちこちのクリニックや病院で「コロナの後遺症でだるいんです」「ああ、それは大変ですね」という会話ができる世の中に早くなればいいなと思いますね。
一方、和漢診療科ではコロナ禍にかかわらず、西洋医学的異常はないけれど体調が優れない、冷え症、めまい感、虚弱体質などにお悩みの人、西洋医学の治療で十分な効果が得られなかったり、有効な治療法がなかったりする人を対象に、個々人の病態にきめ細かく対応した治療を行っています。「困ったときの和漢診療科頼み」と考え、ぜひご相談ください。
千葉大学医学部附属病院
医院ホームページ:https://www.kitasato-u.ac.jp/toui-ken/center/
JR千葉駅東口・7番バス乗り場から、京成バス「千葉大学病院」または、「千葉大学病院経由南矢作」行きに乗車、「千葉大学病院」 で下車。もしくはJR蘇我駅東口・2番バス乗り場から、小湊バスまたは、千葉中央バス「大学病院」行きに乗車、「大学病院」 で下車。詳細は医院ホームページから。
診療科目
消化器内科、血液内科、腎臓内科、アレルギー・膠原病内科、糖尿病・代謝・内分泌内科、循環器内科、呼吸器内科、和漢診療科、感染症内科、腫瘍内科、心臓血管外科、食道・胃腸外科、肝胆膵外科、乳腺・甲状腺外科、呼吸器外科、麻酔・疼痛・緩和医療科、泌尿器科、救急科、整形外科、眼科、皮膚科、耳鼻咽喉・頭頸部外科、歯科・顎・口腔外科、形成・美容外科、リハビリテーション科、精神神経科、脳神経外科、脳神経内科、婦人科、周産期母性科、小児科、小児外科、放射線科、病理診断科、総合診療科
並木 隆雄(なみき・たかお)先生略歴
日本東洋医学会認定漢方専門医・指導医、日本循環器学会専門医、日本内科学会総合内科専門医、日本不整脈心電学会不整脈専門医、医学博士。