後編:更年期を「幸年期」に。つらい症状を乗り切る漢方の知恵
漢方医学と西洋医学、両方の側面から女性の体をトータルに診療できる数少ない婦人科専門医である、つくばセントラル病院産婦人科部長で、東邦大学薬学部客員講師の岡村麻子先生。前編では、更年期に起こる心身の変化とその原因、そして有効な漢方薬について伺いました。後編では、更年期を過ごすにあたり気をつけたいことや上手な漢方医学の取り入れ方について、より具体的にお話しいただきました。
自分の不調に気づくことが更年期症状治療の第一歩
更年期は、小児期や思春期といった女性のライフステージの区分のひとつで、個人差はあるものの、だいたい40代半ば~50代半ばで迎える人が多いというのは、前回お話しした通りです。
また更年期には特有の諸症状(更年期症状)が現れやすいのですが、それは20~30代にピークを迎えた女性ホルモンの分泌が急激に低下することで、私たちの健康を維持している自律神経系、内分泌系、免疫系の働きのバランスが崩れるのが主な原因です。
どんな更年期症状が、どれくらいの強さで現われるかには個人差がありますが、主な症状としては、ホットフラッシュと呼ばれる急激なのぼせや発汗、動悸(どうき)、冷え、不眠、イライラ、気持ちの落ち込みなどが挙げられます。更年期症状に悩む女性を多く診てきた経験から、更年期に現れる症状は、それまでの自分の弱いところがクローズアップされることが多いと感じます。若い頃から冷えで悩んでいた人は、更年期を迎えると手足の冷えが一層強まる、生理前にPMS(月経前症候群)によるイライラに悩まされていた人はさらにイライラしやすくなるなど、それまで見過ごしていた症状が強く出ることが多々あります。
そういった意味で更年期は「女性が自分と向き合う機会」なのかもしれません。子育てや仕事など自分以外のことを優先してきた女性たちが、自分に目を向けるようになること。それが更年期をうまく乗り切るためのコツといえるのではないでしょうか。そして、自分に向き合うことで気づいた体の不調を改善するために、漢方医学を上手に取り入れてほしいと思います。
婦人科は、もともと漢方の得意分野だといえます。前回紹介した、加味逍遙散(かみしょうようさん)、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)、温経湯(うんけいとう)のほかにもよく使われる漢方薬があります。例えば、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)という、加味逍遙散、桂枝茯苓丸とあわせて「産婦人科の三大漢方薬」といわれることもあるくらい、婦人科症状全般に効果を発揮する漢方薬もその1つです。こちらは痩せていて体力のあまりない人に処方されることが多く、「血(けつ)」の不足を補い血液の巡りをよくして、体を温める作用があります。貧血、冷え、疲労感、頭痛、めまい、動悸といった症状の改善にも効果的です。ただし、更年期になると服用による皮膚の乾燥が気になることも少なくありません。その場合は、当帰芍薬散に代わって、前回紹介した温経湯を処方する、などライフステージや悩みに応じて処方を変えていきます。
また便秘がちで、のぼせ気味など、血や気のエネルギーが滞りやすいタイプの人には桃核承気湯(とうかくじょうきとう)が有効なこともあります。比較的体力があり、体もがっちりしている人に向いていて、イライラや心の不安、不眠といった精神症状を抑える効果もあるとされています。
こうした漢方薬の力を活用して、更年期の自分が抱える不調とうまく向き合っていきましょう。
漢方薬の「合う・合わない」を判断するには
このように漢方薬は更年期症状の改善に有効ですが、中には、よかれと思って処方された漢方薬が飲んでみると体質に合わなかったということもあります。明らかな異常が現れた場合は「合わなかった」とすぐにわかりますが、漢方薬では判断が難しいことが少なくありません。漢方薬の作用は西洋医学の薬のように、症状に直接作用することが少ないため「本当に効果があるのか」「この漢方薬を飲み続けていいのか」がわかりにくいケースが多々あります。実際、私も同僚の医師に「漢方薬の合う・合わないはどうやって判断すればいいの?」と、よく質問されます。
漢方薬については目立った副作用がない限り、まずは処方された薬を2週間飲み続けてみてください。2週間たったときに1つでも改善された症状があった場合、もしくは体に特に悪いことが起こっていない場合、その薬はその後も飲み続ける価値があると考えてよいでしょう。婦人科などの慢性的な症状に対して処方された薬であれば、便秘、下痢、胃痛、胃もたれなど消化器症状の改善も、その漢方薬がその人に合っていることの指標となります。
そのほか漢方薬の味の感じ方も、合う・合わないの判断基準のひとつになることがあります。舌で感じた味は味覚情報として脳に伝えられ、好きな味か嫌いな味かなど、さまざまな評価をした後、最終的に視床下部で「食べる・食べない」の判断が下されます。「おいしい」または「食べても大丈夫」という判断が下されれば食べることを選択し、「まずい」「食べてはいけない」という判断がされれば食べることを拒否するという決断が、脳の中でなされています1)。それを踏まえると、口に入れたときに「おいしい」と感じたり「苦さがあるけれど飲める」と思ったりする漢方薬は、脳がそれを受け入れている=体に合っていると考えることができるかもしれません。ただし漢方薬には独特の風味があるものが多く、人によっては慣れるまでが大変なこともあります。どうしても無理な場合は別ですが、味だけにとらわれず、まずは2週間、飲み続けてみることをおすすめします。また、症状が軽快した場合は休薬することも副作用を回避するために大切なことです。
漢方医学と西洋医学の力で更年期を「幸年期」に
前回もお話ししましたが、多岐にわたる更年期症状を改善するには漢方医学と西洋医学、それぞれが得意とする治療法を上手に使い分けながら、体調を整えていくことが大切です。例えばホットフラッシュなどの更年期症状が現われる前からむくみや生理痛などの月経随伴症状がある場合は、漢方医学における瘀血(おけつ)、すなわち血の巡りが滞った状態にあると考えられます。現在、ホットフラッシュの緩和においてHRT(ホルモン補充療法)にかなうものはありませんが、その代表的な有害事象のひとつとして、血栓性疾患のリスクが高まるということがあります。そのため私は瘀血の状態でHRTを行うときには特に、桂枝茯苓丸を代表とする血の巡りを促す効果がある漢方薬を併用するようにしています。
また更年期症状の治療とは少し違いますが、生理痛がつらい、経血の量が多いといった月経随伴症状を緩和するために低用量経口避妊薬(低用量ピル)を飲む際も同様のことがいえます。低用量ピルには月経随伴症状を緩和させる一方で、数は少ないですが血栓症や血管障害を生じる可能性があることがわかっています。血栓症や血管障害も、漢方医学的にいうと血の流れを阻害する瘀血の状態です。この場合も、多くのケースで低用量ピルの飲み始めの際に瘀血の改善を目的とした漢方薬を同時に処方しています。なお低用量ピルは服用して数カ月が経過し、ホルモンバランスが安定すると子宮内膜が過度に厚くならないため、経血の大量出血をなくす=血虚(けっきょ)を改善する薬へと、体に対する役割が変わっていきます。そうなると一緒に飲む漢方薬も変えていく必要があります。漢方薬を飲む際はしばしば、このように体の変化に合わせて漢方薬を変えていくことも大切です。
しかしながら、そこまで考えて西洋医学と漢方医学の双方から診療を行える医師は、そう多くありません。そこで少々手間ではありますが、更年期症状の治療においては、できれば婦人科の病院と漢方医学の専門医の両方に通うことをおすすめします。漢方医学の病院は、信頼がおけて通いやすいところであれば、婦人科を専門としていない病院でも問題ありません。婦人科と漢方医学、それぞれ病院が決まったら診察の際どちらにも、西洋医学/漢方医学の病院にも通っていることを、きちんと伝えましょう。HRTを行っている場合は、「更年期症状に悩んでおり、婦人科にも通ってHRTを受けている」ということを、漢方医学の病院にもしっかり伝えてください。逆も同様で、漢方薬を処方してもらっていることは、婦人科の医師にも話しましょう。そして処方された薬を正しく飲み、体調の変化とうまく向き合っていきましょう。
更年期は決して、怖いものでもなければ、つらいものでもありません。医学の力を正しく借りて体調を整えれば、更年期をその後の人生に向かうとても幸せな期間=幸年期にできるはずです。
茨城県出身。東邦大学薬学部卒後、日立化成茨城研究所に勤務。島根大学医学部卒後、東京大学医学部産婦人科学教室入局。日赤医療センター、焼津市立総合病院、茨城日立総合病院、東京北医療センター、東京ベイ浦安市川医療センター、北京中医薬大学研修などを経て、2014年から現職。女性の本来持つ力を活かして健康につなげるために、西洋医学に東洋医学を融合させる東西結合医療を目指している。
『臨床力をアップする漢方 西洋医学と東洋医学のW専門医が指南!』(中山書店)、『エビデンスをもとに答える妊産婦・授乳婦の疑問92』(南江堂)その他数編を分担執筆。
日本産科婦人科学会 専門医・指導医。日本東洋医学会 漢方専門医・指導医。日本女性医学学会 専門医・指導医。(以上、2020年8月現在)